2002年のツーリング

グレートツーリング '02 in 東北
メンバー(マシン) ウメ(GSX1300R)、オユタ(CBR900RR)、カンちゃん(YZF1000R)、ヒデ(CBR900RR)、ヒロ(GPZ900R)、マコちゃん(R1100RS)
4月27日(土) 天気:晴れ
 今回は東北をぐるっと廻る予定だが、事前に行きたい場所のアンケートを取ったところ、全員の希望を含めたコースはとても組めそうもなかった。そこで、宿泊場所は同じとし、日中の行動は日によって複数のグループに分かれることにした。初日の今日は、山形県鶴岡市まで移動する。ただし、ヒデだけ同県でバンジージャンプをやるので、一足早くに出発した。
(ウメ、オユタ、カンちゃん、ヒロ、マコちゃん)
 7時30分、道の駅「安曇野松川」に集合。カンちゃんはニューマシンYZF1000Rサンダーエースで登場。これで今回のメンバー6人全員がビッグマシンとなった。しかも、最低排気量ですら900ccときた。
 7時50分、出発。R148を北上する。隊列は、ウメ、オユタ、カンちゃん、ヒロ、マコちゃんの順。今年のゴールデンウィークは休みの前後が分断されている為か、単に朝早い為なのかは分からないが、道はすいており、順調に糸魚川まで走ることができた。
 糸魚川ICから北陸自動車道に乗り、新潟の終点を目指す。今回は全てがビッグマシンなので、先頭のウメは遠慮なく飛ばしたが、ちゃんと全員付いてきた。
 新潟空港ICで高速を降り、R7に入って道の駅「豊栄」に着いたのが12時30分。ここで昼食とした。
 更にR7からR113に入り、海沿いをひたすら北上する。
 村上市岩船港の辺り、橋を渡った直後の信号でR345は直角(左)に曲がる。しかし、左折の標識は交差点の向こう側にあり、果たしてこの信号で左折なのか、もうひとつ先なのか、初めてこの道を走るウメは一瞬の判断に苦しみ、とりあえず直進した。間違っていたらUターンすればいいのだ。
 最初太かった道はみるみる細くなっていく。明らかに間違えたことを悟ったウメは、お寺の駐車場でUターンした。後続もそれに続く。道路に面した駐車場はそれほど広くなく、クルマ(MPV)が1台だけ停まっていた。Uターンはそのクルマの後ろをかすめるかたちとなったのだが、カンちゃんが通過中に突然クルマのバックランプが点灯し、後ろにバックを始めた。そこで、ヒロは相手がこちらに気付いていないことを想定し、安全の為にクルマの前(運転席側)から通過した。最後尾のマコちゃんは停止して、クルマが行くのを待った。すると突然MPVがホーンを鳴らしまくり、運転席から50歳くらいの男が顔を出して何やらわめいている。そしてついに運転手が降りてきて、マコちゃんに「葬式やってんだ!うるさいぞ!」と怒鳴りつけてきた。マコちゃんが「道を間違えて迷い込んだので、Uターンしただけですよ。」と言っても全然聞こうともしない。「右から抜いたら危ない!」とか言って熱くなっている。その主張が支離滅裂なので、ここは関わらずに聞き流した方がいいと思ったマコちゃんは、「はいはい、先に行ってください。」とやり過ごした。「(マコちゃん)くわばらくわばら。コリャ、しばらく間をあけていった方がいいな。地元ナンバーだから、どこかで曲がっちゃうだろう。」と充分間を空けてから発進し、国道に復帰した。すると、他の全員が少し先の路肩で待ってくれているのが見えた。しか〜し!運悪くそこに先ほどのMPVが到着。
 MPVは道路の真ん中(ヒロの横)で停止した。先頭のウメから4番手のヒロまでの距離はけっこう開いており、バックミラーで見ていたウメは、「あのクルマはきっとヒロが停まっている辺りの民家に入るのだな。ヒロが邪魔で入れないってわけだ。その後ろにはマコちゃんも来ているみたいだし、行くとするか。」と発進した。オユタも続く。ところがウメからは見えていなかったのだ。男がクルマから降りてきて、ヒロに詰め寄る様子が…。
 “右から抜いた危険行為”の当事者を発見した男は、ヒロの忍者の横に立ち、大声で文句を言い始めた。ところが、詳しい事情を知らないヒロは何が何だか分からない。クルマからは子供が顔を出してニヤニヤしながら見ている。その子供のあまりに可愛げのない顔を見た瞬間、妙にむかついたヒロは、「うるせーんだよ!」と言うなり、アクセルを吹かして走り去った。カンちゃんも後に続く。
 ウメとオユタは後続が来ないので、少し走った所でまた停止した。するとカンちゃんとヒロがやって来た。…が、そのまま2台は猛スピードで通り過ぎていった。何やらヒロが叫びながらジェスチャーしていたような…。「(ウメ)一体どうしたってんだ?む、そうか、分かったぞ!トイレかぁ!緊急事態なのね。」どうせマコちゃんはすぐにやって来るだろうと思い、ウメとオユタはとりあえず2台の後を追った。
 1人取り残されたマコちゃんは、ヒロの余計なひとことによって更に状況が悪化したこの場を、なんとか切り抜けなければならなかった。案の定、ターゲットをマコちゃんに変更した男がさっそく向かって来る。「(マコちゃん)あの〜、まだ何か?」「(男)あそこに止まっていたの、仲間だろ?呼んでこい!」更に、「(男)“うるせー”とは何事だ!?俺が警察だ!俺がここの警察だ!今日は葬式があるのに、騒々しい!」「(マコちゃん)はあ?」この(自称)警察官のオッサン、人の運転にケチを付けている割には、ハザードも点けずに道路のど真ん中に停めて(おかげで後続車は大渋滞)、車内には子供がいるのにエンジンかけっぱなしでクルマから離れるなんて、どっちが危険なんだろうか。いや、血走ったこのオッサンの目が一番危険だ!「後続車に迷惑だから。」とマコちゃんが言っても、「仲間を呼んでこい!」の一点張りである。「(マコちゃん)こっちのドコが悪いんだ?こうなったらとことん話そうじゃないの!」と後続車の迷惑にならないようバイクを路肩に寄せ、エンジンを切ってバイクから降りようとしたら、「ナンバー見たから、もう行っていい。」と言い残してそそくさとクルマに戻っていった。「何だよ、もう終わり?」と拍子抜けしているマコちゃんを残し、MPVは行ってしまった。
 カンちゃんとヒロはしばらく走ると物産センターの駐車場に入って停止した。すぐにウメとオユタもやって来た。バイクにまたがったまま、なかなかトイレに行こうとしないカンちゃんとヒロ。「(ウメ)あれ?トイレじゃないのか?」「(ヒロ)いやぁ、かくかくしかじか…。」と、ことの成り行きを話している最中に、マコちゃんが通り過ぎて行った。急いでヘルメットをかぶってバイクにまたがり、後を追う4人。ところがこの先は信号機がほとんどなく、快適に流れる道なので、なかなか追い着けない。しかもマコちゃんは自分が最後尾だと思っているので、思わずアクセルに力が入る。4人は追い越し可能区間でクルマを抜かしまくり、道の駅「笹川流れ」手前でようやく追い着いた。この道の駅で休憩。
 全員揃ったところで先ほどの出来事を話し合い、全員無事で何よりだし、ひとつのエピソードができたなと笑い合った。
 「笹川流れ」…北は狐崎から南は三面川河口までを指し、奇岩や洞窟が連続する。潮の流れが激しく、目で見てもそれは分かる。

笹川流れ
 あとは淡々と走り続け、16時に鶴岡市にある本日の宿「つるおかユースホステル」へ到着。しばらくしたらヒデもやって来た。
 本日の走行距離:388km(道の駅「安曇野松川」から)
(ヒデ)
 5時に出発。豊科ICから高速に乗り、長野自動車道→上信越自動車道→北陸自動車道→新潟空港IC→R7→鶴岡IC(山形自動車道)→庄内あさひIC→道の駅「月山」(バンジージャンプ会場)というルートである。
 早朝で交通量が少なかった為、快適に走行していたところ、松代PAを過ぎた辺りから燃料警告灯がチラチラ点灯し始めた。ガソリンの残量が少ないのは分かっていたし、どの道途中のSAで給油するつもりであった。そこで、ここから最も近いガソリンスタンドがある妙高SAに入った。ところが!まだガソリンスタンドが開店していないではないか!?その頃には、燃料警告灯は常時点灯に変わっていた。焦りを抑えながらも先に進む。そして、更に60km先の北陸自動車道米山SAまでビクビクしながら何とかたどり着いた。公称タンク容量18リットルに対し、入ったガソリンの量は(溢れるくらい入れてもらったとはいえ)18.1リットル!!危なかった!ともあれ、これで安心して目的地へと向かう。
 予定では、月山に14時頃着く筈が、R7の走行車両も少なく、11時30分には到着してしまった。
 今日は天気も良く、絶好のバンジー日和。早速受付を済ませる。予定表を見ると、本日の予約者はヒデを含め6名だったが、着いた時点で他に飛ぼうとしている人はいなかった。あらかじめ他人の飛び込む姿を見てから覚悟を決めようと思っていたのに、いきなりかと思うと、彼はドキドキしてきた。
 そしてその時はやってきた。渓谷に架けられた橋の上から、川に向かって飛ぶのである。足にバンジージャンプ用のロープをセットされ、いざ飛び込み台に立つと、ロープが意外と重くて足元からすくわれそうな感覚があり、ここにきて初めて恐怖感が沸いてきた。しかし、意を決して34m下の川に向かってダイブ!!新緑の渓谷へのダイブというシチュエーションと、落下の無重力感は病み付きになりそうだった。機会があればまた飛んでみたいとヒデは思った。料金は、バンジー代5,500円+オプションの写真代2,500円也。(ちなみに後日送付されてきた写真は綺麗に撮れていた。絶叫物をやる時の癖のようで、ヒデは満面の笑みを浮かべていた…。)

いくぜぇ〜!

とりゃぁ〜!!
 月山を後にしてR112をひた走り、将棋の街、天童にも行った。橋の欄干、歩道のタイル、郵便ポストの上と、あらゆる所に将棋の駒があった。
 そして、来た道を引き返し、本日の宿「つるおかユースホステル」に向かう。宿に着くと、ちょうど他のメンバーが荷物を降ろしていた。
 本日の走行距離:568km(穂高町の自宅から)
 17時、ユースホステルのクルマで15分くらいの距離にある、湯田川温泉に連れて行ってもらった。帰りたい時に宿に電話を入れると、また迎えに来てくれるという寸法だ。そして地元民の利用するアットホームな温泉に浸かった。
 マコちゃんは温泉街の雑貨屋でタオルを300円で購入した。いざ使おうとすると、何やらフダが付いている。よく見ると、“ダイソー”と書いてあるではないか!?そう、100円ショップのあのダイソーである。「(マコちゃん)うへぇ!」
 湯船では絶えず地元民が話し掛けてくる。こういった交流は旅ならではでいいものだ。温泉から出た後は、近くの由豆佐売神社を散策したりした。この温泉街は静かで雰囲気がいい。
 そろそろ帰ろうと、ユースホステルに迎えを要請したところ、30分以上経っても来やしない。太陽はとっくに沈み、さすがは東北、気温はみるみる下がっていく。おかげでせっかく温泉で温まった体は完全に冷え切ってしまった。ようやくやって来たクルマには、他の宿泊客が乗っていた。6人と入れ替わりで温泉に入るのだ。こういうことなら、むしろ迎えの時間を決めておいてほしかった…と風邪を引きそうな6人は思った。
 少し不機嫌なGTEC達であったが、宿で日本酒を振る舞ってくれた為、再び体は温まったのであった。
宿データ 宿名 つるおかユースホステル
場所 山形県鶴岡市三瀬宮の前1-1
感想 鶴岡市街からだいぶ離れた所の海沿いに位置し、ユースホステル絶頂期に造られたと思われる鉄筋コンクリートの建物である。夜、宿への上り坂は照明がなく、徒歩だとまったく道が見えない。温泉や近場の見所への案内をしてくれるし、お茶や日本酒も振る舞ってくれるので、サービスはいい。(日本酒についいてはカンパを求められたので、実際のところは無料ではなかった。) そのサービスに使用するワンボックスカーはボロくて、スピードメーターが壊れていた。夕食の提供はない。
1泊朝食付き:会員3,000円、非会員4,000円
4月28日(日) 天気:晴れ
 8時50分出発。隊列は、ウメ、オユタ、ヒデ、カンちゃん、ヒロ、マコちゃんの順。
 R7を北上し、遊佐町で「出羽富士」と呼ばれる鳥海山の、山腹を縫うようにして走る鳥海ブルーラインに入った。攻め甲斐のあるワインディングが続く。追い越しOKなので、遅いクルマは全てパス。そのうちに標高はどんどん高くなり、道路以外は雪景色となった。数メートルもあろう雪の壁の間をバイクで走っていると、何とも不思議な気分になる。鳥海ブルーラインの最高地点である鉾立の国民保養センターで休憩。ここからは広大な裾野を眺めることができる。北側の下り道はず〜っと追い越し禁止だったので、気持ちよく走るなら断然南側がお奨めである。

鳥海ブルーライン
 R7に復帰してすぐの道の駅「象潟(きさかた)」で昼食とした。イカや貝などの海産物を串に刺して、その場で焼いて売っており、いい匂いにつられてついつい何本も買ってしまった。
 更に北上を続け、道の駅「にしめ」で休憩。ここには広大な菜の花畑があり、鳥海山を背景に素敵な写真が撮れた。

道の駅「にしめ」
 “おけさおばこライン”(R7)をひたすら北上し、男鹿半島に突入!まずは寒風山パノラマラインで寒風山へ向かう。パノラマラインに入ると、整備されたワインディングなので、先ほどの鳥海ブルーラインを彷彿とさせる…と思っていたら、あっという間に山頂の展望台に着いてしまった。寒風山は山全体が芝生に覆われており、展望台からは、360度の大パノラマを楽しむことができる。特に、東側の眼下には広大な八郎潟干拓地の景色が広がり、絶景である。

寒風山展望台からの眺め

寒風山展望台で「なまはげ」と
 ここから本日の宿、国民宿舎男鹿まではそれほど時間は掛からなかった。チェックインして一休みした後、入道崎に向かって出発。夕日を見る為である。
 入道崎は宿からバイクで5分くらいの距離にある。なだらかに続く草原が突然海に落ち込み、上から見下ろすと、切り立つ断崖と奇岩怪石が散らばる荒磯となっている。強い風が吹く中、待つことしばし…。18時30分頃、夕日は西の海に沈んでいった。天気がよかったので、最後の瞬間まで見ることができたのである。

入道崎の夕日
 本日の走行距離:236km
宿データ 宿名 国民宿舎男鹿
場所 秋田県男鹿市北浦湯本字中里21-19
感想 海岸のすぐそばにあり、食事がうまい。温泉風呂(男湯)では何やら怪しげな怪物の口からお湯が出ていて、グロテスクである。しかしよくよく見ると、元々はライオンの頭だったようだ。それが温泉によって腐蝕して、もとの形が判別できないくらいになってしまったものと思われる。
1泊2食付き:6,770円
4月29日(月) 天気:晴れ
 このツーリングの直前まで、ウメは弘前市のことを「ひろまえし」と読んでいた。今日はその弘前(ひろさき)市に泊まるのだが、日中の行動はバラバラである。各自の主な目的地は、
 ・ウメ、オユタ、ヒロ:岩木山
 ・カンちゃん、ヒデ:八甲田山
 ・マコちゃん:斜陽館
となっている。  8時30分出発。まずは6人で八郎潟の公会点モニュメントに向かった。ここは北緯40度線と東経140度線がクロスする所で、10度単位での交点は、日本ではここだけなのである。八郎潟の道はひたすら直線なので、実に走り易く、ついついアクセルを開けてしまう。
 地図を頼りに走るが、それらしいエリアに近付いても、標識が何もない。そのうちに道は未舗装になってしまった。本当にこの道でいいのか?しかし、何度チェックしてもこの道でいい筈である。意を決して先へと進むと、やがて水田地帯の真ん中に何やらモニュメントが見えてきた。人影はまったくない。先ほど道を聞いた地元の人でさえ知らなかったのだから、観光客は滅多に来ないのであろう。ただポンとあるモニュメント。考えてみれば、公会点だからどうだってんだ?ってな感じではある。
 写真撮影をした後、各自目的地に向けて出発した。

公会点モニュメント
(ウメ、オユタ、ヒロ)
 マコちゃんと共にR101を海沿いに北上。マコちゃんとは鰺ヶ沢で別れる予定だ。適度に追い越しが可能な国道なので、順調に進んだ。隊列はウメ、オユタ、ヒロ、マコちゃんの順。
 時間的に余裕がありそうだったので、地図に載っている「日本キャニオン」に行ってみようということになった。GTEC達の頭の中には、アメリカのグランドキャニオン…とまではいかないまでも、そんな雰囲気のような光景が浮かんでいた。
 岩崎村で右折し、日本キャニオンを目指す。この道は十二湖にも通じている。登り始めていきなり攻め甲斐のありそうなワインディングになったので、ウメ、オユタ、ヒロはアクセルを開けた。GTECのんびり組のマコちゃんはクルマの流れに身を任せた。
 先行する3人は、前方の森の向こう側に白い岩肌の山を確認したが、まさかこの程度のものに“キャニオン”などと大そうな名前を付けるとは思えずに、先に進んだ。そのうちに道はクルマの擦れ違いも大変なほど細くなり、やがて行き止まりになってしまった。日本キャニオンという標識はどこにもない。地図を確認しながら3人はマコちゃんを待った。しかしマコちゃんは途中にあった、直進が十二湖で左折がR101というT字路を左折してしまい、国道に出てから明らかに道を間違えたことを悟ったものの、どの道別行動の予定であったので、「(マコちゃん)ま、いいか。」とそのまま先に進んだのである。
 マコちゃんから先に行くと携帯に連絡があった後、日本キャニオンとは先程の白い岩肌の山だったことを知って衝撃を受ける3人。あれでは、よくヒーロー戦隊ものの爆発シーンで出てくる採掘場に見られる風景そのままではないか!?と、勝手にグランドキャニオンのようなものを想像していた彼らはがっかりした。だいたいキャニオン=canyonは峡谷って意味ではないか。これのどこが峡谷なのだ!?と憤りも覚えた。
 また、十二湖は30余りの池や沼が、今から300年くらい前の地すべりによってできたもので、かつて大町桂月が「西海岸の風光は十二湖をもって第一とす」と推賞したとされるが、うっそうとした原生林に囲まれた湖を単体で見ても、長野県人からしてみれば、何の変哲も感じられなかった。高い所から見渡せば、きっと素晴らしい眺めなのであろう。
 13時、深浦町の国道沿いの食事処「銭エ衛門」で昼食。実はこの店、ほんの少し前にマコちゃんが、やはり昼食で立ち寄った所だ。オユタは名物「つるつるわかめ」を食べた。わかめ100%、麺タイプの「つるつるわかめ」は、味がわかめのところてんを食べているような感じであった。おいしいかというと「ビミョー」である。
 ここから鰺ヶ沢までのR101は、ほとんどの区間が追い越しOKなので、次第にペースが上がっていく。
 鯵ヶ沢から県道3号線に入り、快適なワインディングを20kmほど走ると、岩木山スカイラインの入り口に到着した。標高1,625mの岩木山はどこから見てもそれと分かり、“津軽富士”と呼ばれている。

岩木山をバックに
 料金所で1,160円を払うと、いよいよ楽しみにしていた岩木山スカイラインに突入!八合目の駐車場まで69のヘアピンカーブが連続するのである。さっそくひとつ目のカーブ!カーブを曲がると少し直線になり、そしてまたヘアピンカーブ。これの繰り返しである。最初のうちは楽しくって派手にハングオンを決めていた3人であったが、次第に直線の距離が短くなっていくに従って、「(3人)疲れた。もういいや…」となった。さすがに69も連続するヘアピンカーブを攻めるのは体力勝負である。しかも上の方は雪融け水でコーナーが濡れており、怖かった。

岩木山スカイライン
 岩木山からの眺めは素晴らしかった。独立峰なので遮るものがなく、遥か遠くまでも見渡せる。八甲田山もよく見える。カンちゃんとヒデは無事であろうか。「天は我々を見放したぁ〜!」なんて言ってるんじゃないのか?と冗談を言い合う。時間があればリフトと徒歩で山頂まで行きたかったのだが、時計の針は16時を指しており、出発を余儀なくされた。(リフトの営業時間も16時30分までだし…。)
 再び69のヘアピンを曲がって山を下り、弘前目指してひた走る。
 岩木山から弘前まではあっという間であった。16時30分に本日の宿「ひろさきユースホステル」に到着。
 本日の走行距離:252km
(カンちゃん、ヒデ)
 この2名の組み合わせで走るのは初めてである。カンちゃんはヒデ提案のルートに同調したかたちなので、地図はバッチリ頭に入っているというヒデ先頭で出発。八甲田山中腹の雪中行軍遭難者銅像(後藤伍長記念像)を目指す。
 八甲田山といえば、1902年1月に青森第5歩兵連隊が演習中に遭難し、210名中199名が凍死するという大惨事があったことで有名である。2人は映画「八甲田山」に感激し、前々からこの地を訪れたいと思っていたのである。
 当初予定していたルートは、R7→大館市→十和田大館樹海ライン(県道2号線)→十和田湖→奥入瀬渓谷→八甲田→R394→R102→弘前市だったのだが、大館市内でふと気付くと、ヒデは現在地を見失ってしまった。道を尋ねようにも、こういう時に限って人がいない。散々迷った挙句、気付くとR103を走っていた。というわけで、予定を変更してR103で十和田湖に行くことにした。チャリン!カンちゃんの中で軽やかな音がして、“ヒデに対する不信感”というカウンタが動き始めた。「(カンちゃん)本当に道をまかせて大丈夫なのだろうか…。」
 途中、コンビニで昼食を摂っていると、「岩」ナンバーのGL1100が入ってきた。オーナーは50代後半〜60代前半のオジさんで、この愛車に20年間乗り続けているとのこと。先は長いのに、ついつい話し込んでしまった。お互いの旅の安全を祈りつつ別れ、いざ十和田湖へ。
 発荷峠の展望台から望む十和田湖は、映画(劇中の季節は真冬)と違い、さすがにこの時期は新緑豊かで穏やかな表情だった。湖畔を反時計回りに走ってR102に入る。
 奥入瀬渓谷は素晴らしい渓谷なのだが、ひたすら渓谷沿いに国道(R102)が通っている。しかも交通量が多くて、イマイチ情緒がなく、少しガッカリ。
 そして、いよいよ八甲田へ向かったのだが、奥入瀬渓谷とは打って変わって、八甲田方面の道はガラガラで、しかも整備された快適なワインディングであった為、スペシャルステージに突入となった。1本道とはいえ、ヒデはあまりにハイペースに飛ばし過ぎ、後藤伍長記念像を通り過ぎたのでは?と、心配になって適当に入ったドライブインが目的地であった。今のところ偶然がよい方向に重なってうまくいっているが、どうも怪しい。後でどんでん返しがあるのでは?と不安になる。
 ドライブイン駐車場の入り口で待っていると、やがてカンちゃんがやって来た「(カンちゃん)今度は迷わず着いたね。」「(ヒデ)いや、それが傑作!テキトーに入ったら目的地だったんだよ。ハハハ…!危うく通り過ぎるところだったよ。結果オーライ!」「(カンちゃん)・・・。」チャリン!カンちゃんの(ヒデに対する不信感という)カウンタがカウントアップした。「(ヒデ)あれ?今何か変な音がしなかった?」
 まずは記念館(入場料500円)に入り、雪中行軍の軌跡、当時の気象データ、遭難に至るまでの経緯及び生存者の使用した義足等の展示に見入った。奥を見ると、何と2人がハマってしまった映画「八甲田山」が上映されていた!しかもまさに、名シーンである「天は、我々を見放した…。」の所であり、つい目頭が熱くなってしまった。

八甲田山峠の茶屋兼記念館
 その後、仮死状態になってまで捜索隊の道標となった青森第5連隊の後藤伍長記念像を見てから、本日の宿「ひろさきユースホステル」を目指した。
 R394は、近年整備されたらしく、更に広くて快適なワインディング。またもや、スペシャルステージに突入した。
 17時に宿着。
 本日の走行距離:295km
(マコちゃん)
 マコちゃんはロングツーリングの前に、ご当地ものの小説を読むことにしている。その街の風景が描写され、雰囲気をなんとなく想像できるからだ。そして実際にその街を訪ね、見て、感じることにより、作者の表現に納得する場合もあるし、チョット脚色し過ぎじゃないの?と思うこともある。(それはそれで楽しいのだ。)…などと言うと、文学的な薫り漂う旅であるが、大抵は内田康夫とか西村京太郎などの、いわゆる旅情サスペンスをパラパラと読む程度である。
 今回のツーリングの目的地が東北に決定する前の話であるが、内田康夫原作の「津軽殺人事件」がTVドラマ化された。ところが、そのキャスティングにどうしても納得がいかない。原作のイメージがまるでないのである。“司法試験を受ける20代前半のヒロイン”が、40近い女優に棒の演技で演じられたのには閉口した。こんな筈では…、と思って再び原作を読み直したところ、要所要所で太宰治の「津軽」が引用されているのに気付いた。こうなったらやはり本家「津軽」を読むべきだろう(まだ読んだことがなかった)と思っていたころ、ツーリングの目的地が東北(特に青森県)に決まったのである。本家「津軽」は、太宰が故郷である津軽半島を、旧友を訪ねて旅する紀行文であり、まさに今回のツーリングにぴったりではないか。
 「るるぶ青森」によると、小説の中で太宰が立ち寄った所には、ほとんどといっていいくらい「記念碑」や「記念館」の類が建てられていて、容易に太宰の旅のルートをたどることができる。スケジュールの都合もあるから、小説と全く同じルートで全てを廻ることはできないが、今回のツーリングでは、ポイントとなる金木町の「斜陽館」と小泊村の「小説“津軽”の像記念館」には立ち寄るつもりだ。
 ウメ、オユタ、ヒロと日本キャニオンに行く途中ではぐれた後、R101を五所川原まで走り、市街からR339を12kmほど北上した所の金木町を目指す。市街地は信号が多くてなかなかスムーズに進まず、金木町まで結構時間が掛かった。
 金木町に入ると、主要なポイントには「斜陽館」への案内板があって、これを頼りに容易に到着。「斜陽館」の向かいにある大きな無料駐車場にバイクを停めた。
 「斜陽館」は太宰治の生家であり、幼少の頃を過ごした所であって、現在は資料館として公開されている。前出の「津軽殺人事件」では、“斜陽館の1階は喫茶コーナーとして利用されているのが、ファンにとっては悲しい”というような一節があるが、現在は純然たる資料館として公開されていた。給茶のサービス(無料)はある。
 玄関を入ると奥に長い土間があり、和室が面している。玄関脇には出入りの商人との交渉に使われたという洋間が設けられており、モダンかつ重厚な造りが当時の栄華を偲ばせる。また、奥には土蔵があり、現在は書籍や書簡の展示スペースとして公開されている。この土蔵は、幼少の太宰がなかなか食事を摂らず、乳母に追われて、その入り口でやっと食べたというエピソードがある。それほど遠くない昔なので、その頃のぬくもりが伝わってきそうな感じがした。

斜陽館
 残念ながら「小説“津軽”の像記念館」にはとても寄っている時間はなさそうだ。「斜陽館」を後にし、弘前に向かった。
 弘前の案内板に従って行くと、自然とバイパスに導かれた。バイパスは畑の中を80km/hで流れる快走路。途中ガソリンスタンドが全く見当たらない区間があり、ガソリン残量が少なく、そろそろ入れようとしていた頃だったので、心細い思いをしたという場面もあった。
 実は、本日の宿「ひろさきユースホステル」に1番乗りし、他のメンバーが来るまで弘前市内観光もしちゃおうともくろんでいたのだが、「斜陽館」の見学に時間を割いた為、結局は1番最後(18時30分過ぎ)になってしまったのだった。
 本日の走行距離:267km
 19時過ぎ、夜の弘前街に繰り出した。飲み屋を探していると、何やら太鼓の音が聞こえてくる。見に行くと、春ねぷたをやっていた。“ドン、ド、ドンドンドン!”という勇壮な太鼓の音で、これがなかなかの迫力。映画「八甲田山」でも弘前のねぷたのシーンが出てくる。「(カンちゃん、ヒデ)おお、太鼓のリズムが同じだよ!」と感動。街路樹の八重桜は今が満開で、カラフルなねぷたに文字通り花を添えていた。
 夕食は弘南鉄道大鰐線の中央弘前駅近くにある「炉辺」で食べ、郷土料理と地元の酒に舌鼓を打った。
宿データ 宿名 ひろさきユースホステル
場所 青森県弘前市森町11
感想 JR弘前駅からは遠いが、弘前城や飲み屋街に近く、観光の基地として使うには絶好の位置にある。夕食の提供なし。アヒルのラッキーとブラボーが出迎えてくれた。
1泊朝食付き:会員3,500円、非会員4,500円
4月30日(火) 天気:雨
 マコちゃんは青森駅からJRで青函トンネルを見学する為に、7時前に出発した。
 今日の予報はズバリ雨。7時の時点でまだ降り出してはいないが、どんよりとした空模様となっており、天気は絶望的である。今晩の宿は青森市のホテルに予約を入れてある。そこに2連泊する予定だ(ただしオユタだけは1泊)。雨の中、カッパを着てバイクで走るのは、行動が制限される為、できることなら避けたいところだ。いや、本日の行程ならひょっとしたら避けられるかも知れないぞ…とマコちゃん以外のメンバーは話し合い、バイクはこのままここにもう一晩置かせて頂き、弘前でレンタカーを借りて青森へ移動し、明日の朝バイクを取りに来ることとした。宿のオーナーとは交渉が成立し、レンタカーも確保。8時頃にはさっそく雨が降り出した。
(ウメ、オユタ、カンちゃん、ヒデ、ヒロ)
 トヨタレンタカーから借りたのは、モデルチェンジしたばかりのイプサム240i(白)。走行距離400kmそこそこの4WDで7人乗りだ。
 まずは弘前城の追手門広場の一角に建てられた観光館を見学した(クルマはここの地下駐車場に入れた)。ここは津軽塗をはじめとする伝統工芸品の展示、販売や、弘前市はもちろんのこと、津軽地域の見所がビデオやPCで検索できるきれいな施設である。伊奈かっぺいによる津軽弁講座のビデオ上映が面白かった。
 続いて弘前城。残念ながら、50種類はあると言われている弘前城一帯の桜はほとんど散ってしまっていた。城の敷地内では桜祭りを開催中で、至る所に出店が並び、舞台では津軽三味線の演奏が繰り広げられていたが、雨とこの桜の状態の為か、お客は閑散としている。例年であれば弘前城周辺は桜が満開で、観光客でごったがえしていると思われる。今年は日本中季節の移り変わりが早い。それでも数は少ないが、八重桜だけは満開で、かろうじて桜祭りの名目を満たしている。

弘前城の八重桜
 弘前城は、津軽を統一した藩祖為信が計画し、二代目の信枚が1611年に築城して以来、1871年の廃藩置県までの260年間、津軽氏代々の居城であった。本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭の六郭からなる、面積が約49.2ヘクタールの平山城で、築城から380年を経た現在もなお、天守、城門、櫓、三重の水濠などの築城形態の全貌を残す城跡として今日に至っている。そして、国指定史跡として大切に保存されている。しかし、率直に言って天守閣はコンパクトで迫力に欠ける。
 それにしても広い敷地である。ふと気が付けばもう12時。マコちゃんが青森駅に帰ってくるのは13時30分頃なので、クルマで迎えに行く手筈となっている故、そろそろ出発しなくては間に合わない。一行は弘前を後にした。本当は最勝院や長勝院も見るつもりだったのだが、残念ながら諦めざるを得なかった。
 雨が激しく降る中、ヒデ運転のイプサムは、R7を北上した。たまに擦れ違うバイクを見ると、思わず同情してしまう。やはり雨の日はクルマに限る!延々と続くりんご畑。りんごの花がきれいに咲いていた。流れは順調で、13時までには青森市街に入った。
 とりあえず青函連絡船メモリアルシップ「八甲田丸」の駐車場にクルマを停めた(駐車場は無料)。駅から歩いてすぐの八甲田丸。どの道見学を予定していたので、マコちゃんとはここで落ち合うことにした。(携帯でマコちゃんに連絡。)
(マコちゃん)
 今にも雨が降り出しそうな天気の中、1人青森市を目指す。
 R7は弘前―青森を結ぶ幹線だけあってかなり整備されているが、冬場、雪道を徐行する癖がついているのだろうか、はるか前方の信号が赤となって、前のクルマとかなりの距離があるにも関わらず、ブレーキを踏みながらトロトロと走っているドライバーが多い印象を受けた。路面はハーフウェットで、けっこう寒い(道路公団の気温計は9℃)。それでも、バイクに乗っている間はついに雨が降ることはなかった。
 本日の宿「ハイパーホテル青森」には8時着。まだチェックインには早いが、バイクと荷物をホテルに置かせていただき、徒歩でいざ青森駅へ。歩いている途中に雨が降り出した。
 駅には、ドラえもんのヘッドマークを冠した機関車に引かれた海峡3号が停車していた。指定の席に座ると、隣は親子連れ。周囲を見渡せば、ほとんどが小さな子供を連れた家族連れで、車内はずいぶんとにぎやかだ。隣のお父さん、デジタルビデオカメラを新調した様子で、その男の子がカメラをいじりたくてしょうがないらしい。が、予備のバッテリーが無いそうで、「電池無くなるからいじるな!」を連発し、そのカン高い声がひときわうるさい(予備のバッテリーは必須でしょ!?)。
 9時15分、海峡3号は青森駅を出発した。海岸沿いをしばらく走った後、いよいよ列車はトンネルへ!トンネル内はレールの継ぎ目がないので、「ガタン、ゴトン」ではなく、「ゴ〜ッ!!」という音がするだけ。今回見学するのは「吉岡海底駅」で、見学には“ゾーン539”という整理券を購入する必要がある(当然吉岡海底駅までの往復乗車券も必要)。
 そして10時31分、「吉岡海底駅」に到着。本来は青函トンネルの避難用に作られた北海道側の駅(本州側には同様の竜飛海底駅がある)で、通常は見学目的以外に停車しない。よって、プラットホームも大人1人通るのがやっとといった幅しかなかった。列車が通るトンネル(本坑)から迷路のように歩行者用の非難トンネルが伸びていて、迷子になると大変なので、複数の職員が厳重に人数を確認していた。非難トンネルは地上から常に送風されている為、緊急時は風上に向かって逃げれば煙に巻かれにくい。
 突然「プォ〜ン!プォ〜ン!」とアラームが鳴り響く。トンネル内を列車が通過する際は、2km手前から警告するという。減速しながら特急「はつかり」が通過したが、ものすごい風圧だった。以前、男性見学者のカツラが飛ばされるという、あまりにも痛ましい事故があったようだ。
 トンネル設備はすべてフル規格の新幹線向けに作られていて、線路さえ敷けば新幹線車輌に対応できるのだ。トンネルに新幹線が通るようになると、海底駅の見学ツアーは中止となってしまうのだが、今のことろ青森以北を新幹線が通る予定は無い。
 例年、映画「ドラえもん」とタイアップしていて、本来故障車両の待避線として使われるスペースが、ドラえもんのテーマパークと化していた。先の親子連れの大半はトンネルの見学などせずに、そこに入り浸っていた。

吉岡海底駅
 北海道からの海峡4号に乗って青森へ戻り(青森着13時27分)、八甲田丸で待つメンバーと合流した。
 本日の走行距離:52km
 13時40分、八甲田丸で6人は集合した。
 八甲田丸は青函トンネルが完成するまで活躍していた青函連絡船で、今は青森駅近くに博物館として停泊している(ちゃんと波に揺れていた)。数々の資料が展示され、ブリッジやエンジンルーム等も見ることができる。車輌甲板にはレアな鉄道車両が展示されていて、マコちゃんは目を輝かせて見入っていた。「(ウメ)今日の単独行動といい…、もしかしてマコちゃんは…鉄道オタクなのかぁ〜!?」「(マコちゃん)え!?違う違う!オタクとかマニアとかじゃなくって、あくまで鉄道ファンなの!いや〜もう分かってないなぁ〜。ディープさが全然違うんだから。」「(ウメ)そ、そうなのか…。」

八甲田丸
 続いて徒歩で青森ベイブリッジを渡ってアスパムへ移動。
 アスパムは地上15階、高さが76mある“AOMORI”の“A”をイメージした正三角形の建物で、青森観光情報の提供、地元特産品の販売等、弘前の観光館を大きくしたような施設だ。今や青森ベイブリッジと並んで青森市の顔であろう。13階展望台からの眺めは、残念ながらいまひとつ。晴れていれば、津軽、下北半島、岩木山、八甲田山等が見える筈だ。パノラマ館は青森の1年間の季節や行事を360度のスクリーンに映し出し、なかなか迫力があった。
 アスパム1階の物産センターで各自お土産を購入し、自宅へ宅急便で送った。しかし、お菓子はほとんどがりんご関係のものしかなく、やはりりんごが名産の長野県人のGTEC達は、パッケージに“青森”という印刷物が盛り込まれているのが選択の最低条件になった。
 なんやかんやで辺りは暗くなってきたのでクルマに戻り、本日の宿「ハイパーホテル青森」に移動。チェックインした後、近くの居酒屋で昨日に引き続いて胃を攻撃した。
宿データ 宿名 ハイパーホテル青森
場所 青森県青森市橋本1-1-7
感想 できたばかりのきれいなホテル。設備も充実しており、朝食付き。コストパフォーマンス最高!難点は駅からちと遠いくらいか。
1泊朝食付き:シングル4,800円
5月1日(水) 天気:晴れ時々曇り
 昨日の雨がウソのように晴れ渡っている。
 今日は津軽半島を時計回りに廻る予定だ。まずは、(既に単身バイクで青森まで来ているマコちゃんを除いて)バイクを取りに一旦弘前まで行かなくてならない。マコちゃんは三内丸山遺跡を見学した後、竜飛崎で合流することになった。
(ウメ、オユタ←途中まで、カンちゃん、ヒデ、ヒロ)
 イプサムで8時出発。弘前市のトヨタレンタカーにクルマを返したのが9時30分(レンタル中の走行距離:100km)。ひろさきユースホステルをバイクで出発したのは9時50分だった。隊列はウメ、オユタ、ヒデ、カンちゃん、ヒロの順。オユタ以外のメンバーは本日もハイパーホテル青森に宿泊する為、荷物は昨日クルマに積んで行ってホテルに置いてある。よって今日はタンクバッグだけの軽装だ。
 県道31号線で鯵ヶ沢まで走り、R101を右折後3kmほど東に行った所で左折して、屏風山広域農道に入った。この道はひたすら真っ直ぐな広域農道で、あまりに快調に飛ばせたので、思わず目的地のひとつである亀ヶ岡遺跡を通過してしまった!あわててUターン。
 亀ヶ岡遺跡は広域農道の1本東側の県道12号線沿いにあった。ここから多数の土器や土偶が見つかったのだが、今では発掘現場は埋め戻され、遮光器土偶の石像があるのみ。この石像自体がお目当てだったので、像の前で記念撮影。

亀ヶ岡遺跡
 昨日、弘前の観光館で亀ヶ岡遺跡の紹介ビデオを見た時、カルコという資料館が出てきて、その中でリアルな古代人の人形が、口をパクパクしながら動いている様を見てしまった。これは実物を見るっきゃない!といわけで、お次はカルコだ。と、ここで誤算が。てっきりカルコは亀ヶ岡遺跡のすぐ近くにあると思っていたのだが、実は木造(きづくり)駅の方だということが発覚した。地図をよくチェックしておかなかったのがいけなかった。木造駅はここから10kmほど南である。先のことを考えると、往復20km掛けて資料館を見ている時間はない。残念ながら諦めるしかなさそうだ。
 さて、ここからオユタはみんなと別れて八戸市に向かう。大学が八戸だった彼にとっては、思い出の地を明日1日かけてゆっくりと廻りたいのである。そこで、今日は移動だけで比較的時間に余裕のあるオユタにカルコを託すことにした。オユタを見送った後、4人は津軽半島をひたすら北上した。
 竜飛崎の手前にある龍泊ラインは、整備された広い道幅、絶妙なコーナーの配置、見通しのよさと、今回のツーリング中ベストのワインディングである。眺瞰台で休憩。ここからの眺めは素晴らしい。

龍泊ライン
 峠北側の下り坂は、タイトなコーナーが続く。やがてビッグホーンに追い着いた一行。そこそこのペースだが、その先はオールクリアーだったので、抜こうとしたところ、このビッグホーン、バイクに追い付かれてムキになったのか、急にスピードを上げた。見ていて危なっかしい運転で、左コーナリング時には対向車線にはみ出していく!それは意図的なライン取りではなく、明らかにスピードが出過ぎている為と思われる。どう見ても安いグレードのノーマル車だ。重いボディにプアなブレーキと足回りで下り坂を飛ばすなど…これでは対向車が来たら危ないし、事故を誘発してしまったら夢見が悪いのでペースを落とそうかと思ったところで竜飛崎に到着。
 ちなみに眺瞰台を出てすぐに、4人は2台のハーレーを追い越した。どうやら道の駅「十三湖高原」でマコちゃんと語り合った2人組のようである(後述)。
 みんなで風力発電の巨大な風車群を眺めていたら、赤いバイクがやって来た。マコちゃんと合流!
(マコちゃん)
 まずは三内丸山遺跡を目指す。ホテルからR7に出ると、さっそく「←三内丸山遺跡200m先」という案内板があったのだが、交差点だらけの市街地で“200m”が一体どこを指すのか分からず、結局曲がり損ねてしまい、R7のバイパス経由で遠回りすることになってしまった…。肝心の交差点にも看板が欲しかった。
 9時、三内丸山遺跡に到着。ここは発掘が終了した部分が整備されて公開されている。ボランティアのガイドさんから説明を受けながら見学。何棟かの住居や倉庫がもっともらしく復元されているが、判明しているのは柱の材質と間隔くらいで、後は推測で作っているそうだ(結構いいかげん!?)。出土した魚の骨などから、鯛を3枚に下ろして食べていたことも分かったらしい。また、包丁として使ったと思われる黒曜石は、なんとGTEC達の地元である信州産という。一体どうやって運んだのだろうか?整備されている部分は佐賀県にある吉野ヶ里遺跡の方が広いようだ。

三内丸山遺跡
 青森市から蟹田町までR280で北上。R280は途中の蓬田村までバイパスが伸びており、あっという間である。蟹田町からは県道12号線(つがるやまなみライン)で十三湖を目指す。天気予報は晴れなのだが、どんどん曇ってくるし、おまけに寒い。道の駅「十三湖高原」で暖を取っていると、ハーレーに乗ったおじさんに突然声を掛けられた。このおじさん、松本に住む人で、仙台の友人を訪ね、友人と共に竜飛崎を目指しているという。松本ナンバーのバイクを見掛けて思わず声をかけたというわけだ。
 十三湖のほとりでR339に出る。R339を北上すると小泊村。ここは、太宰治が乳母「たけ」さんと再会した地である。再会の場となった小学校の脇に銅像と記念館が建てられている。この「小説“津軽”の像記念館」、町興しの起爆剤にと多額の資金が投入されたのであろうか、非常に立派な施設で、先日の「斜陽館」よりレアな資料が多数所蔵されている。が、連休にもかかわらず、観覧者はマコちゃん1人だけで、受付のおねえさんは黙々と事務仕事をこなしていた。合成音の太宰の声も聞くことができる。資料のビデオを端からじっくりと見ていては集合時間に遅れてしまうので、適当に切り上げて竜飛崎を目指すことにした。

小説"津軽"の像記念館
 快適な龍泊ラインを越え、竜飛崎に近付くと、風力発電の風車をバックに記念撮影に興じる見覚えのある一団に遭遇。他のメンバーと合流した。
 5人揃ったところで青函トンネル記念館を見学。本州と北海道を結ぶ青函トンネルは、構想から貫通まで42年の歳月を掛けた。この記念館は、トンネル内の様子や完成までを模型や映像、パネル等で紹介していて、見ごたえがある。特に、(自称)鉄道ファンのマコちゃんは真剣に見学していた。
 そしてケーブルカーに乗って海面下140mの体験坑道へ。このトンネルは、工事中に使われた作業抗なのだ。実際に掘削に使われた機械や工具が展示されている。壁を見ると、けっこう年期が入っており、金属類は腐蝕が激しい。この先何十年ももつのであろうか?

青函トンネル記念館

体験坑道
 青函トンネル記念館を出発すると、すぐ近くにある竜飛崎灯台に行った。(風力発電の施設があるくらいだから)風がやたらと強いが、灯台付近からは北海道がよく見える。ここには旧日本軍の監視所(トーチカ)が当時の姿のまま残されていた。
 この時点で既に15時過ぎ。実はまだ昼食を食べていなかった5人。それどころか、水分すらロクに摂っていない。もうこんな時間だし、ゆっくり食事をしている時間はない。駐車場の売店でイカやタコの焼いたものを買って飢えをしのいだ(これがやたらとうまかった)。

竜飛崎灯台の旧日本軍トーチカ
 軽食を済ますと、灯台のすぐ下にある“階段国道”を見た。日本で唯一の階段国道とは、文字通り、国道の一区間が階段になっているのだ。もちろん歩行者専用である。幅1mちょっとくらいの階段が、竜飛崎灯台下から竜飛漁港まで362段、総延長388.2m続いている。階段の上と下は車道でぐるっと周ることができる。灯台側で記念撮影した後、港側にバイクで移動した。
 階段の登り口は広場になっていた。ヒデは国道の標識とバイクを一緒に撮影するべく、広場でハンドルフルロックの最小回転ターンをした。「(ヒデ)ど〜だぁ〜!?ジムカーナで鍛えたこの腕前を見ろぉっ!」ガシャ〜ン!!みんなの見ている目の前で、ヒデのファイヤーブレードは転倒した。「(他の4人)…。」「(ヒデ)い、いや、ジムカーナではアイドリング高目に設定するからね。トホホ…。」急いで起こすと、アンダーカウルが傷だらけ。幸い、それほど目立つものではないが、昨年の春先に転倒して傷付いたカウルをツーリング前に交換したばかりだったのに、まさにそこじゃないか…。

階段国道
 16時30分に階段国道を後にして、R280を海沿いに走る。マコちゃん持参の「るるぶ青森」の情報によれば、今別市のR280付近に「青函トンネル入り口広場」があり、トンネルを列車が通過すると、それに連動して噴水が吹き上がるらしい。これは見るっきゃない、とマコちゃんが呼びかけたところ、「見る!」と呼応したのはカンちゃんだけ。明るい内にホテルまで帰りたい他の3人は、蟹田港のフェリーターミナルにも用があるので、時間節約の為にこの2つのイベントを同時進行させることにして、今別市でカンちゃん、マコちゃんと別れた。フェリーターミナルで再び落ち合う予定だ。
 ウメ、ヒデ、ヒロは県道14→12号線を快調に飛ばし、あっという間に蟹田港のフェリーターミナルに到着。明日、この3人+カンちゃんはここからフェリーに乗って下北半島の脇田にショートカットして大間を目指すつもりなので、出港時間や料金をチェックした。窓口によると、大して混まない為、予約はしなくても問題ないということである。
 一方、カンちゃんとマコちゃんは「入り口広場」の看板に従って走り、労せず公園に到着。マコちゃんがコピーしてきた時刻表によると、ちょうど「はつかり22号」が青函トンネルに差し掛かる頃である。夕刻の為か公園には誰1人いない。線路の北側には駐車場があり、そこにバイクを停め、ひとまずトンネルの入(出)口を眺める。公園には巨大な“きのこ形”の東屋やベンチ、すべり台などがある。その脇には、近未来の都市の中を新幹線が駆け抜ける絵と共に「新幹線の開通を!」というトンネル開通時の頃と思われる看板があり、地元の人達の期待感が伝わって来る。当時はここもさぞかしに賑わっていたことであろう。しかし、ペンキの色はあせ、看板も風化している現状が、その後も進まぬ開発を顕著に物語っている。
 公園の土手から線路に登れそうな所には、これでもかというほど厳重に有刺鉄線が張り巡らされている。「許可なく線路内に立ち入ると罰せられます」という看板もある。迫力ある写真を撮りたいが為に侵入する輩が後を絶たないのであろう。恐るべし鉄道マニア!(マコちゃんはあくまで“鉄道ファン”である。)
 東屋の脇には小さな池があるものの、列車の通過に連動するという噴水が見当たらない。辺りを見回すべく、すべり台に登って見ると、線路の反対側にも公園があるようだ。その公園は広く整備されている。噴水らしきものもある。今は水が出ていなくても、列車の接近に伴って盛大に水が噴き出すに違いない、と期待して近付くと、“故障中”だった!なんてこったい!!昨日今日壊れたような感じではない。「るるぶ」のデータは何時のものなのだろうか…。
 さて、手元に時刻表はあるが、トンネル出口の正確な通過時刻までは分からない。そんな旅行者の為であろう、公園には「トンネル通過時刻表」のボードが貼ってあった。「さすが!」と2人が思ってよく見ると、なんと平成12年3月(2年前)の時刻表であった!この公園は三厩村営のようだが、壊れたままの噴水といい、もはややる気も失せてしまったのであろうか?トンネル出口の通過時刻を最新のものに更新するのが面倒ならば、例えば、前後の駅の発車時間を基準に、「特急列車ならおよそ○○分後(前)に通過します」と書いておいて、最新の時刻表のコピーでも貼っておけばそれほど手間もかからないのでは?と2人は文句を言った。そんな時、カメラと三脚を持ったお兄さん2人が登場。「これはマニアに違いない。きっと列車の通過時間にも詳しいはず。」と期待したら、同じ(2年前の)時刻表をみてがっかりしていたので、彼らの情報量も同レベルのようだ。
 何としても、通過する列車の写真を撮りたいが、これから青森まで帰らねばならないから、いつ来るか分からない列車をのんびりと待っているわけにもいかない。「(カンちゃん)どうしよう、後どのくらい粘る?連中、きっと待ってるよ。」「(マコちゃん)う〜ん、せっかく来たのに…。」諦めかけたその時、「プォ〜ン!プォ〜ン!」という、マコちゃんにとっては聞き覚えのあるアラーム音が鳴り響いた(4月30日のレポートを参照)。これは、列車が近付く時に鳴るアラームだ。どっちから来るのか? 気持ちの高鳴りと共に、ドラえもんを冠した機関車が青森市側から現れた。こうして無事、トンネルに入っていく写真を撮ることができたのである。めでたしめでたし。こうなると、トンネルから出て来る写真も撮りたくなってくる。が、さすがにそれは諦めて、他の3人と同じ道を走って蟹田港のフェリーターミナルに寄った。

青函トンネル入り口広場
 合流後、5人は青森市に向かって出発した。ほどなくR280のバイパスに入る。しかし田園地帯を貫くこのバイパス、中央分離帯のあるひたすらまっすぐな片側2車線道路で、信号機もないのはいいのだが、交差点部分がことごとく大きく盛り上がってアップダウンしていて実に走りにくい。「(ウメ)そうか。スピードを出させない為か。」が、対向車線を見ると、交差点でも平らである。…と最後尾を走っていた筈のマコちゃんが何やら身振り手振りしながら、大胆にも対向車線を走っていくではないか!?その瞬間、ウメは全てを悟った。今走っている道は国道ではなく、国道に平行している農道なのだ。バイパスの入り口で間違えたというわけだ(このバイパスはマコちゃんが今朝走って来た道なのだ)。片側2車線などではなかった。しかも、ウメが右側車線だと思って走っていたのは、農道の対向車線ということになる。すぐさま全員バイパスに入り、快適に青森まで走ることができた。18時30分、ホテル着。蟹田からちょうど30分であった。
 夕食は近くのラーメン屋で食べた。今日は休肝日である。
 本日の走行距離:210km(ウメ、カンちゃん、ヒデ、ヒロ)
 本日の走行距離:206km(マコちゃん)
宿データ 宿名 ハイパーホテル青森
場所 青森県青森市橋本1-1-7
感想 5月1日のデータを参照のこと。
(オユタ)
 まずは、亀ヶ岡遺跡の近くにある、縄文館へ向かった。遺跡から標識に従って何回も交差点を曲がり、細いクネクネとした森林の中の道を走る。「本当にこの道でいいのだろうか?」と不安になってきた頃、ようやくたどり着いた。
 大きな沼のほとり、細い道1本を隔てて、農業者トレーニングセンター「縄文館」はあった。庭には色とりどりの花が植えられ、植木はしっかりと手入れがされていた。宇宙人をモデルにしていると言われているあの遮光器土偶は、ここに展示されているに違いない。オユタはワクワクしながら210円払って入館した。1室が亀ヶ岡考古資料室となっており、他に客はいないようだ。
 ところが、あの有名な「遮光器土偶」との対面は、無期延期となってしまった。本物は、東京の国立博物館にあるらしいのだ。ガッカリ…。ここには写真とレプリカ、その他の有名ではない遮光器土偶があるだけ。首があったらこっちの方が有名になっていたであろう遮光器土偶や、土器などの展示物を眺め、縄文館を後にした。
 県道114号線を10kmほど南下して、縄文住居展示資料館「カルコ」に到着。さっそく中に入る(入館料210円)。入ってすぐにある竪穴式の復元家屋の中に、例の人形はあった。人が近付くとセンサーに反応して、男女の夫婦とおぼしき古代人を模した人形が動き出し、古代語で語りかけてきた!「うわぁっはっはっはぁ〜!まんずぅ〜、ゆるるりぃ〜…。」しかし、妙にリアルな割に表情がない。声が笑っていても顔は怖い。特に女性の方は、包丁を研ぐような音と共に(単に駆動音だが)手に持ったざるをぎこちなく前後に動かし、目をギョロギョロさせながら顔をクイっと上げたと思ったら突然カクンと横を向いたりする。何て不気味なんだ!!これじゃ小さい子供は泣き出してしまうのではないだろうか?館内は閑散としており、せっかく来たのだからとロボットの演技を3回ほど見て、2階へ。ここでも土器その他を見学し、カルコを後にした。

カルコの(不気味な)ロボット
 カルコの近くにある木造駅にも寄った。駅舎の入り口が、巨大な遮光器土偶の股の部分になっているのだ。駅舎に併設されたこぢんまりとした物産館は、営業している気配がない。つぶれたのであろう、と判断し、八戸方面に向かった。
 地図上で見付けた楽しそうな道「津軽あすなろライン」を通ろうと思ったのだが、入り口がよく分からなかったので、結局ひたすらR101を走ることにした。
 昼飯は五所川原のジャスコ系列の店で弁当を買った。食品コーナーのレジのお姉さんが非常にオユタ好みであったので、当然、会計はそのレジに並ぶ。おつりを受け取る時に一瞬肌と肌が触れ合う。「(オユタ)ああ、幸せ〜!」弁当はゲームコーナーのベンチで1人淋しく食った。
 青森市と弘前市への分かれ道(R101とR7の交差点)で、どちら経由で行ったらいいか地図を見ていたら、地元のおばさんが話し掛けてきて、「八戸方面に行くんだったら、青森から十和田湖へ抜ける道がお奨めだよ〜。」と言うので、そのお言葉に従って、青森市街経由で十和田湖を目指すことにした。
 R7からR103に入って南下中、携帯電話の震えを感じた。コンビニで休憩がてら着信履歴を確認すると、イヤなことに、会社からだ。実は4月27、30日、5月1、2日と4日間は出勤日であり、ひんしゅくを買いつつ有休を取得してツーリングしているのだ。掛け直すと、総務の女性(実は妻)が、「誰が掛けたか聞いて、連絡するね〜。」と言うので、その場で15分待ったが連絡がない…。いい加減しびれを切らして再び電話したら、「ああ、ごめんごめん、電話待ってたの?組合のビデオカメラ、どこにあるか、だって〜。」「(オユタ)それだけのことかい。」しかし、連絡すると言っておいて掛けて来ないとは、我妻ながらいかがなものか。ま、仕事上のトラブルじゃなくてよかった、とオユタは再び十和田湖に向かって走り出した。
 十和田ゴールドライン(R103)はひたすらワインディングが続き、なかなか面白い道であったが、八甲田山が近付くにつれ寒くなってきて、更に、所々雪解け水が路面をウェットにしていた。
 せっかく来たので奥入瀬渓流を走る。しかし、走っていたのでは渓流を眺めることなどできはしなかった。考えてみれば、この道は大学時代、十和田湖に行った時に走ったことがある筈なのだが、オユタのメモリからデータはほぼ消失していた。奥入瀬渓流は十数キロもあり、結構長いということを再認識。
 そのうちに十和田湖に到着した。懐かしさがこみ上げてくるような、こないような、やはり覚えていなかった。そういえば、「グレートツーリング ’95 in 東北」でも十和田湖に行ったのであった。が、その記憶も既に忘却の彼方に消え去っていた。ここから土産物屋が並ぶ乙女の像の辺りまで行こうかとも思ったが、遠いので止め、宿に向かった。
 R102、R45と走り、八戸市の北、下田町にある本日の宿「カワヨグリーンユースホステル」には、明るい内に着いた。この宿は牧場で経営しているみたいだ。
 さて、走っている間、オユタが気になっていたことは、「ユースホステルの会員証をどこにしまったか覚えがない。」ということだ。タンクバッグをひっくり返してみても、出てこない。やはり、なくした。期限が切れていたから初日のつるおかユースホステルで再入会したばかりだったのに…。受付で再発行を頼む。ユースホステル協会に連絡してもらい、再発行手続きは無事終了、300円也。協会では新規発行して数日のうちに再発行、という手続きはしたことがないみたいであった。それにしても、もうぼけたのか、我ながら情けない…とオユタは肩を落とした。
 宿の部屋は少々古目な木造で、同室の人は誰もいなかった。夕食は別棟、牧場のレストランで食べた。鶏肉にアーモンドスライスの衣をつけて揚げたものに、ドミグラスソースのようなものが付いていたが、もう少しコクがほしかったところだ。
 食事で一緒だったのは、隣のテーブルに母親と子供3人、その母親の友人の組と、自分のテーブルは他に女性1人、男性3名がいて、皆1人旅である。最初は静かだったが、やがて会話が始まって、旅の話になった。十和田湖畔の「ユースホステル博物館」がいい、との話が一番印象に残った。ホテルが経営しているユースホステルで、ただ相部屋になるだけで食事もサービスもホテルと同様、という。確かマコちゃんが泊まったことがある、と言っていたような気がする。
 夕食後、露天風呂に入った。他に3人入っていたが、「あ、来た来た、あれだ、銀河鉄道の夜。」と言うので、なんのことか、流れ星か、と思ったら、高い位置を鉄道が走っていて、電車の明かりが見えるのだ。なかなか風流である。
 本日の走行距離:254km
宿データ 宿名 カワヨグリーンユースホステル
場所 青森県上北郡下田町字向山3331
感想 食事がレストランなので、悪くはない。夕食の後、レモンバームのハーブティーのサービスがあった。建物は古い(ユースホステルらしいと言えば、それまでだが…)。露天風呂からは星空が眺められていい。けど浴槽がヌロヌロしていて、湯が少々生臭いのは玉に瑕。牧場が併設されており、乳搾り体験その他、様々な企画がなされていた。家族連れで行くにはいいかもしれない。
1泊2食付き:会員4,700円、非会員5,700円
5月2日(木) 天気:晴れ
 朝、ヒデは5時前に目覚めてしまったので、朝食の前にバイクで青森第5連隊墓地及び三内丸山遺跡へ行くことにした。
 青森第5連隊墓地は青森市郊外から10分くらいの所にあり、ひっそりとした公園となっていた。そこからR7バイパスで5分くらいの所に三内丸山遺跡があった。資料館はさすがに鍵が掛かっていて見ることができなかったが、復元された住居跡周辺には人っ子1人おらず、さながら古代のゴーストタウンを味わえた。早朝だけあって、1時間ほどでゆっくり廻って来れた。
 今日も日中の行動はバラバラである。マコちゃんは一足早く帰途につき、オユタは八戸観光。残りの4人は当初下北半島をぐるっと廻る予定であった。しかしウメとヒロは急遽「グレートツーリング ’90 in 北海道」で走ったことがある下北半島はパスし、三内丸山遺跡とカルコ、そしてカンちゃんとヒデの話を聞いて行きたくなった八甲田を廻ることにした。よって、下北半島にはカンちゃんとヒデだけで行く。
 8時、カンちゃん、ヒデ、マコちゃんは各々の目的地に向かってホテルを出発した。そして8時30分にはウメ、ヒロ組も出発
(ウメ、ヒロ)
 まずは三内丸山遺跡だ。ホテルから15分くらいで到着。青森市街からはすぐ近くにあり、渋滞がなければもっと早く着いたであろう。資料館の開館及びボランティアガイドの開始時間は9時からなので、余裕で間に合った。まだ観光客はほとんどいない。朝一番のボランティアガイドに付いて遺跡を廻る。
 ここら辺は大昔、平均気温が今よりも高く、海岸線は遺跡のすぐ近くだったらしい。現在の青森市街は海の底だったわけだ。敷地内には復元された住居や倉庫がたくさんあるのだが、これらは発掘された“穴”から想像されたものに過ぎない。ガイドによると、復元された住居は実際にはとても人が住めるものではないらしい。ひょっとしたら、我々の想像もつかない形をしていたのかもしれない。10時くらいになると、社会見学であろうか、小学生でごった返してきた。
 青森市を後にし、R7を南下してR101に右折して木造を目指す。昨日オユタが立ち寄ったカルコ、どうしてもリアルな人形が諦め切れなかったのだ。
 まずは木造駅に寄った。巨大な遮光器土偶の股の間が駅舎の出入り口になっている。駅員以外は誰もいなかった。中にある筈の物産センターは…、閉鎖されていた。派手な駅舎の割には、なんとも淋しい駅である。そして近くにあるカルコに移動。

木造駅
 入館料210円を払い、中に入ると、復元された竪穴式住居の中に例の人形があった!そのぎこちなく、怪しく、気持ち悪い動きに(期待通りの?)脱力感を覚えつつ、2人は一連の動作を10回も見てしまった。「(2人)いいねぇ。イカスねぇ!」
 他は遮光器土偶のレプリカ(本物は国立博物館にある)や土器、石器等が展示されているのみ。もしもここにあの人形がなければ、地味過ぎて誰も来ないのでは?っていうか他に誰も見ていなかったけど。12時40分、カルコを後にした。
 ここ数日ごはんものを食べていなかった2人は、柏村のR101沿いにある「すき家」で昼食に牛丼を食べた。
 五所川原市で県道26号線(津軽あすなろライン)に入り、青森市を目指す。決して広い道ではないが、センターラインはあるし、整備されたワインディングが延々と続く。ハイペースで飛ばして昨日走ったR280のバイパスに出た。この間、ほとんどクルマと擦れ違わなかった。抜かしたクルマも3台だけ。けっこう使える道だと思うのだが、なぜか人気がないようである。ちなみにこの季節、よく山菜採りのクルマが路肩に停まっているので、特に見通しの悪いカーブの出口は注意した方がいい。
 青森市街を通過して、県道40号線で八甲田へ。この道も快適なワインディング。かつてこれほど毎日ワインディングを気持ちよく走ったツーリングがあったであろうか?否!長野県も峠は多いが、山が険しいので、意外とハイペースで走れる道は少ないのだ。
 14時30分、雪中行軍遭難の地に到着。3日前にカンちゃんとヒデが立ち寄った所だ。駐車場の隅にある周辺案内図を眺めていたら、何やら焦げ臭い匂いが…。見ると、案内図の木でできた支柱の一部から煙が上がっている!どうやら何者かが煙草を押し付けたらしい。すかさずヒロがペットボトルのお茶で消火。危く火事になるところであった!
 後藤伍長記念像や遭難の地の前で記念撮影した後に記念館を見たが、残念ながら映画「八甲田山」のビデオは流れていなかった。数々の展示資料に見入った後、記念館を出ると、そこはまさに土産物屋の真っ只中。記念館に土産物屋が併設されているのか、土産物屋に記念館を引っ付けたのか、明らかに後者のようであった。

雪中行軍遭難の地
 バイクに戻って、今朝ホテルの朝食でゲットしたパンをかじっていると、「さっきすごい勢いで抜いていった2人ね。」と50才過ぎくらいのおばさんが話し掛けてきた。高速道路のSAでも、よく年配の人には話し掛けられる。話の内容といったら決まって「長野県から来たの!?遠くからすごいねぇ…。これ何CC?ナナハン?どのくらいスピードが出るの?」というものだった。そして今回もお決まりの話となり、最後に「こんな大きなバイク、倒したら起こすの大変でしょうねぇ。…」と言われ、2人共「大丈夫ですよ。これくらい起こせなかったら免許取れないですから。」と得意げに答えた。しかし、まさかこの後実践することになろうとは…。
 15時30分、八戸目指して出発。相変わらずのワインディングで、快調に飛ばす。そのうちにクルマ6台が連なって走っている後ろに付いた。直線になった瞬間、一気に抜いてしまおうかと思ったウメであったが、3台目のクルマが対向車線に出たので止めた。そのクルマは2台を一気に抜き去って前に出ると、みるみる視界から消えていった。こいつは面白そうだと2人は、次の直線で5台をパスして追撃にかかった。追い着いてよく見ると、なんと初期型プリウスである!このプリウス、更に前を走るシビックをあおりまくり、カーブの手前で強引に追い越した。おいおい、対向車が来たらどうすんの?しかしよくもまあそんな細いタイヤで峠を攻める気になる。しかもコーナーで少し滑ってるし…。昨日の竜飛崎近くでも似たようなシチュエーションがあった。このまま後ろを付いていくと、更にやけになって飛ばされて事故でも起こされたら嫌なので、ここはペースを落として車間をあけて…ではなく、とっととプリウスを追い越して先へ進んだ。
 R394、R103を経由してR102に入る。順調だ。奥入瀬渓谷も見ていこうかと迷ったが、けっこう疲れも溜まっていたし、八戸に着くのが夜になってしまいそうだったので、諦めた。
 十二里温泉の辺りで遅いクルマをウメが追い越した瞬間に黄色線になってしまい、ウメとヒロの間はだいぶ離れてしまった。ちょうどいい、そろそろ休憩しようと思っていたところだ…とウメはしばらく走った所にある道の駅「奥入瀬」に入った。
 駐車場入り口で停まってヒロを待つが、ウメから見て、来た道はちょうど看板の柱の陰になっている。そこで彼はヒロから見えるようにと、バイクにまたがったまま少しバックした。ところが、アスファルトが陥没している所に気が付かずに足を着地させてしまった為、大きく傾いた車体を支えることは、もはやできなかった。そのままガシャン!あわててウメはバイクを引き起こす。どうやら誰にも見られてはいないようだ。そればかりは避けたいところなのでよかった!被害状況は…、クランクケース、カウル、ミラー、マフラーに傷が付いたが、幸い言われなければ分からないほど軽微である。ヒロと合流してここで休憩した。
 更にR102を東進し、十和田市でR45に入り、八戸を目指す。先ほど休憩した所からはひたすら単調な道が続き、思わず眠くなる。
 八戸市街に入り、本日の宿「ホテルユニバース八戸」まであと僅かという繁華街で渋滞にハマッていると、歩道から何やら怪しげな男がニヤニヤしながら歩いて近付いて来た!やばい、変質者に刺される!!と身構えたら、オユタである。18時、宿着。
 本日の走行距離:205km
(オユタ)
 朝食はパン。何とかいうハーブで作ったジャムがうまかった。バターも生クリームみたいでうまかった。だが、こちらは牧場で作ったものではないそうだ。
 今日は大学時代の郷愁にどっぷりとひたる旅。時間は余裕がある。出発準備をしてから、BMWのバイクの人と立ち話。花巻まで行く、と言っていた。
 R45を南下。まずはウミネコの繁殖地、蕪島に行った。小学生達が観察に来ていた。相変わらず糞の匂いで臭かった。

ウミネコだらけの蕪島
 その他、学生時代によく行った白浜海岸、種差し海岸、フェリー埠頭、などに行った。フェリー埠頭は、当時、夜な夜なゼロヨンが催されていたのだが、その対策だろうか、今はスタート地点となっていた場所は一部、2車線からわざわざ1車線に狭められていた。
 昼食はガイドブックに載っている店を探した。漁港の近くなので、新鮮な魚介類を期待したのだが、場所が分からず断念。八戸港近くの、水産会館だかなんだかの食堂に入った。期待した刺身などは、なかった。八戸はイカの水揚げ量全国一。イカの天ぷら定食を食した。嫌いなイカの塩辛がどっさりついてきて、閉口。出された物は残さず食べる、という信念のオユタは、仕方なく平らげた。
 続いて大学時代4年間世話になった下宿に行った。挨拶のひとつもしようか、と思ったものの、おみやげを持っていなかったので、外から写真だけ撮って移動。
 下宿から裏道を通り、大学へ向かった。さんざん通った道の筈なのに、すっかり忘れていて、迷いながらもなんとか到着。周囲には飲食店、ガソリンスタンドなどがたくさんできていて、にぎやかになっていた。
 誰にも会わないのも淋しいので、旭ヶ丘にある友人宅を訪れてみた。記憶を頼りになんとか探し出したが、誰もいなかった。そういえば、その友人は現在千葉県在住なので、いるわけもないか…とここまで来てから思い出した。
 昔惚れていた“なおちゃん”の家にも行ってみた。本人はいるのかいないのか、あまりジロジロ見ていると、ストーカーと思われるかもしれないと思い、退散した。
 本日の宿「ホテルユニバース八戸」にチェックインして、あとは八戸の街中をブラブラしていた。うまかったラーメン屋「かっぱ」は探し出せなかった。場所も忘れた。もうぼけが始まっているのに違いない。…っと渋滞にハマッているバイク2台を発見。ウメとヒロだ。
 本日の走行距離:185km
(カンちゃん、ヒデ)
 昨晩ヒデが立案した計画では、蟹田発9時20分のフェリー→下北半島脇野沢→R338→仏ヶ浦→大間崎→恐山→R279→六ケ所村原燃PRセンター→R338→八戸という行程であったが、カンちゃんが三内丸山遺跡を見たいというので、急遽寄ることにした。「(ヒデ)こんなことなら今朝、カンちゃんも誘えばよかったなぁ。でも常人に5時起きは辛いか…。何?じゃあオレは常人じゃないのか!?そうか、薄々感付いてはいたが…。」などと思いながら遺跡へと向かう。
 しかし既に通勤ラッシュが始まっており、到着までに20分程度掛かってしまった。昨日は蟹田とホテル間は約30分だったので、あまり悠長なことをしていると、フェリーの時間に間に合わなくなってしまう!どの道資料館は9時からじゃないと開かないし、三内丸山遺跡は記念撮影をするに留め、蟹田へと向かう。
 蟹田までは昨日と逆コースである。R280のバイパスで遅いクルマも速いクルマも抜かしまくり、8時50分にフェリーターミナルに到着。9時に乗船開始。間に合ったとはいえ、決して余裕ではなかった…。フェリーの料金は4,380円(大型二輪料金込み)。
 9時20分、定刻通りフェリーは蟹田港を出港した。1時間で脇野沢港に到着。
 まずはR338を北上する…筈が、先頭のヒデは何を思ったのか、海沿いを西方向に走り出して北海岬まで行ってしまい、来た道を引き返す羽目になった(往復12km程)。チャリン!29日に引き続き、カンちゃんの“ヒデに対する不信感”というカウンタがカウントアップした。
 ともあれ、何とかR338に出て34kmくらい北上し、仏ヶ浦に到着。浜辺を見学したいのに、駐車場がかなり高い位置にあったので嫌な予感はしたが、案の定、そこから長い階段を降りなければならなかった。波に浸食された岩の風景は絶景。しかし、この階段はかなりこたえた。
 ちなみに、脇野沢→仏ヶ浦→大間崎のR338は結構攻め甲斐のあるワインディングであったが、50km以上もの距離と仏ヶ浦の階段で体力が持たず、終盤はペースダウンを余儀なくされた。
 かくして13時過ぎに大間崎到着。露店で買った焼き蛸と、今朝、ホテルの朝食でありがたく頂いてきたパンで手短に昼食を済ませた。天気もよく、本州最北端の地から北海道を望み、「いずれあの地に…。」と闘志を燃やす北海道ツーリング未経験のヒデであった。土産物屋で久々のツーリングフラッグ(単なるのぼりという説あり)を発見。本州最北端制覇を記念して購入。お次は昨日開山したばかりの恐山だ。
 恐山といえば、何ともおどろおどろしく、カメラのシャッターを切るのもためらわれるといったイメージがつきまとっていた。しかし、実際は単なる観光地で、怖さは微塵もなく、期待(?)していた2人は肩透かしを喰らった。既に16時近く。時間が押していたので、急いで次の目的地、六ケ所村原燃PRセンター目指してR279を南下。

恐山
 予定では途中から県道27号線に入るつもりであった。街中を通るR279は夕方のラッシュが始っており、焦り始めていたヒデの目に“原発左折”の文字が…。迷わず左折。ところがこれは県道7号線で、曲がるには早過ぎた。六ヶ所村の核廃棄物貯蔵施設はあまりにも有名だったが、そのお隣には原発がある…なんて知らなかった(ヒデの言い訳)。県道7号線はすいていたので、まあいいやと先に進む(実は約10km遠回り)。チャリン!カンちゃんの(ヒデに対する不信感という)体内カウンタが更に上昇した。
 原燃PRセンターに到着したのは18時前。センターは17時までで、とうに終わっていた…。開館時間を事前に調べておけばよかった。心残りはあるものの致し方ない。本日の宿「ホテルユニバース八戸」まではここから約60kmも先にある。先を急がねば。この時点で丁度日が沈み、辺りが暗くなり始めていた。
 八戸市に入った時には、すっかり暗くなっており、2人は焦っていた。確か、ホテルは八戸駅のそばにあったハズ…。とりあえず八戸駅を目指す。ふとヒデが見上げると、“八戸駅”と“右折”の標識が目に飛び込んできたので、慌てて右折。ところが道路はさびしい裏道へ…。そのうちに、読み取れなかった文字はどうやら“貨物集積所”であったのかと、引き込み線の前で気付いた。
 元の道に戻り、八戸駅前に出たが、どうも様子がおかしい。あらかじめ聞いていた“元”地元民オユタの話と随分、いや、何から何まで違う。そこでヒデはオユタの携帯電話に連絡。「(オユタ)そりゃ八戸駅だろ。」「(ヒデ)そうさぁ。」「(オユタ)そうさじゃなっくって、ホテルは“本八戸駅”の近くなの!」「(ヒデ)ぬぁにぃ〜!!」そう、フェイクに嵌ったのだ!
 チャリン!チャリン!ポーンッ!!「(ヒデ)え?何の音?」ここでカンちゃんのカウンタがついにMAXに達し、エマージェンシーモードへ移行した。ヒデにまかせておいたら、いつ宿に着けるか分かったもんじゃない。このままでは野垂れ死にだ!生存本能全開となったカンちゃんはエンジンをかけると、ヒデを置いて発進してしまった。しかし方向が全くの逆…。慌てて後を追うヒデ。R104を福地村まで10km程南下してから、ようやくカンちゃんは間違いに気付いて、「プシューッ…」とセーフモードに入ってしまった(=ガックリと肩を落とした)。
 散々迷った挙句、20時過ぎにようやくホテル着。ロビーでは散々夕食のお預けをくったウメ、オユタ、ヒロがもの凄い形相で待ち受けていた。「(3人)おまいら地図持ってんのか〜っ!?」「(カンちゃん、ヒデ)申し訳ない!」
 本日の走行距離:337km
 5人揃ったところで街に繰り出し、適当に入った居酒屋で夕食とした。さすがにヒデとカンちゃんは疲れ果て、酒もロクに喉を通らなかった。
宿データ 宿名 ホテルユニバース八戸
場所 青森県八戸市番町31-5
感想 八戸市の繁華街にある。ホテルの入り口は分かりにくい。
1泊:シングル5,000円
(マコちゃん)
 まずはR7を南下して弘前観光。弘前は快晴。ひろさきユースホステルに立ち寄って、忘れ物のメガネケースを回収した後、弘前城公園に移動。どのように歩こうか迷っていると「ガイド無料」の看板を発見!利用しない手はあるまい。ガイドをお願いして公園内へ。
 残念ながら、桜はほとんど葉桜と化していた。りんごやりんごジュースの試食試飲をしながら園内を案内してもらう。弘前とマコちゃんの地元松本は共に城下町であるが、道路や街並みは弘前の方がはるかに整備されているように感じる。天守閣から雪を抱く岩木山が見え、その山裾にはりんご畑が広がる。松本城からは北アルプスがきれいに見え、山沿いの畑にはやはりりんご畑が広がっている。城と山のスケールでは勝ったな、とマコちゃんは思った。

弘前城
 弘前からはR7→R105→R285経由で秋田へ。どの道も快走路。R285は秋田への短絡路として有効である。
 本日の宿「ユースパル秋田」へは、日本ユースホステル協会の公式サイトからダウンロードした地図を頼りに進むが、どうにも分かり難く、どうやら通り過ぎてしまったようだ。秋田のお土産も買いたかったので、一旦秋田駅まで行って仕切り直し。駅は格好の基準地点である。ここで市街地の地図を確認し、宿の位置もインプットしていざ出発。無事宿に到着した。
 ユースホステル協会の地図は分かり難いしおかしい。秋田駅からはR7へ右折すればよいのだが、右折の目印となるビルは地図だと「JALビル」と表示されている。が実際は「JAビル」が正解。R7の表示もない。
 本日の走行距離:213km
宿データ 宿名 ユースパル秋田
場所 秋田県秋田市寺内字神屋敷35-1
感想 できたばかりの施設。テニスコート、体育館、会議室などを備えた公営の宿泊研修施設の一部をユースホステルとして利用するものであり、食事はレストラン(内容GOOD!)。洗濯機、乾燥機は無料!大浴場も気持ちいい。4人部屋であるが、ベッドメイクされたシングルベッドが並ぶ。清潔感があって、ホテル並の待遇が受けられるので快適である。が、ユースホステルならではの雰囲気というか、談話室でガヤガヤするのが好き、という人には少々物足りないかもしれない。秋田港に近いので、フェリー利用の前日泊には好適。
1泊2食付き:会員3,500円
5月3日(金) 天気:晴れ
 8時、ウメ、オユタ、カンちゃん、ヒデ、ヒロの5人はホテルを出発し、八戸ICから八戸自動車道に乗った。安代ジャンクションで東北自動車道に入って、松尾八幡平ICでウメ、オユタ、ヒロが高速を降り、カンちゃん、ヒデはそのまま南下。今日もここから別行動である。
(ウメ、オユタ、ヒロ)
 高速を降りてすぐにアスピーテラインに入り、八幡平を目指す。岩手県と秋田県にかけてまたがる1,500m級の高原を縫うようにして走るアスピーテラインは、30km近く延々とワインディングが続く。適度に直線もあるので、遅いクルマをパスして快適に走ることができた。標高が高くなるに従って残雪の量も増えていく。(もちろん路面に雪はない。)
 休憩した県境の見返峠からの眺めはすばらしい。残雪を利用してスキーやスノーボードを楽しむ人もいた。ここは八幡平山頂付近なのだが、楯状火山(アスピーテ型)の為に険しくはない。

八幡平山
 秋田県側にアスピーテラインを延々と下り、R341を南下して田沢湖に向かう。R341もアスピーテラインの続きといった感じで快適。が、玉川温泉から玉川ダムの間だけは道幅が狭く、カーブには砂が浮いていて怖かった。見返峠から平均時速60km/hで田沢湖に到着。
 田沢湖は423mという日本一の水深を誇る、周囲を山に囲まれたきれいな湖だ。辰子姫の像の前で記念撮影。ここからだと岩手山もよく見え、絶好の撮影ポイントである。

田沢湖
 さて、意外と知られていないが、田沢湖は人造湖なのだ(ウソ)。その昔、村に辰子という女性がいた。あまりにも美しいので周りの大人がチヤホヤし過ぎて、最初、本人はそんなこと気にもとめず謙遜していたのに、そのうち「私ってそんなにきれいなんだ。」と思うようになり、その美しさを永遠に保ちたいと願をかけたところ、ある日お告げを受けて、山奥の泉を飲んだ。すると辰子は竜に変身し、大雨が降って土砂災害が発生して谷を埋めてできたのが田沢湖というわけだ。何とも悲惨な話である。湖畔の食堂で辰子ラーメンを食べながら、辰子姫に想いを馳せる3人であった。
 湖を1周し、R341を更に南下してR46に入り、盛岡ICから東北自動車道に乗った。お次は中尊寺だ。
 平泉前沢ICで高速を降り、R4を少し南下して中尊寺に到着。参門入り口付近にある、バイク1台50円の大駐車場に入った。ちなみにウメが1994年にソロツーリングで来た時にもこの大駐車場に置いた。
 時刻は既に16時。あまりゆっくりとは見ていられない。月の坂参道を歩いて中尊寺本堂を参拝した後、いよいよ“五月雨の降り残してや光堂”と芭蕉が吟じた、中尊寺最大のウリである金色堂の前に来た。金色堂は鉄筋コンクリートの覆(さや)堂の中にある。ウメは前回見ており、オユタとヒロが金色堂を見ている間に(未見の)能楽堂周辺を廻ることにした。
 オユタとヒロは入館料800円を支払って金色堂を拝んだ。金箔が貼りめぐらされた単層、宝形造りの御堂は、金閣寺に勝るとも劣らないような立派なものだった。1124年に、奥州藤原氏の初代清衡により造営された中尊寺創建当初の唯一の遺構だ。ここには藤原三代の遺骸が納められている。現在の覆堂の近くには旧覆堂もある(新覆堂建設の際に移築された)。「金色堂建立から164年後の1288年に、鎌倉幕府が風雪から護る為に建造した」と説明されるが、解体調査の結果、「建築様式から判断して旧覆堂は建造年代を鎌倉時代までさかのぼることができない」とされている。それでもかなり昔から金色堂は保存されてきたわけで、充分歴史の重みはあるのだ。
 17時30分頃、外で3人は合流し、本日の宿「メープル仙台ユースホステル」に向かって出発した。
 一関ICから泉ICまで東北自動車道を利用。高速を降りたのが18時30分で、辺りは薄暗くなり始めていた。宿までの地図は、先頭を走るウメの頭の中に入っている。右折する予定の信号が右折禁止になっていて、当初のルートから外れるというアクシデントもあったが、Uターンすることなくすぐに修正し、順調に仙台市街に入っていった。
 ところが、宿まであと僅かという所の信号で、ウメが通過した瞬間に黄色になり、3番手のヒロが赤信号に引っ掛かってしまった。オユタは路肩に停止してヒロを待ったが、ウメは気付かずに走り続けている。そしてオユタがヒロを振り返った瞬間、ウメは次の信号を右折した(この道は100mおきくらいに信号がある)。オユタが再び前を見た時には、ウメの姿は忽然と消えていたのである。
 右折してすぐに、後続が消えていることに気が付いたウメは、路肩で2人を待った。すると、交差点を猛スピードで2台のバイクが通過していくのが見えた。「(ウメ)ま、いいか。宿まであと少しだし、自力で行ってもらおう。当然地図は持っているだろうし。」と先に進む。曲がった道はドンピシャリ。すぐにメープル仙台ユースホステルへの案内板が見えた。もう着いたも同じだ。「(ウメ)え〜と、ここを右折して…突き当りを左折ね…えっ!?」一時停止で止まって左を見ると、20〜30m先に宿が見えた。更に、宿の前に立っている怪しげな男は…、カンちゃんだ!しかし、あとほんの少しで宿に着くというのに、左折することができないのだ。なぜなら、一方通行だから。あの案内図は、徒歩の宿泊客の為のものか。本来なら一旦右折してグルッと周って来ないといけないのだが、視界には通行車輌が1台も見えなかったので…、ウメは「ワープッ!」と叫んで宿に到着!19時であった。
 一方、オユタとヒロは途方に暮れていた。いつもウメのテールランプしか見ていないので、地図は持っているものの、現在位置がどこなのかさっぱり分からない。周辺をグルグル走り回り、地元の人に聞いたりして、ウメに遅れること30分!ようやく宿にたどり着いた。
 本日の走行距離:457km(オユタとヒロはプラス迷った分)
(カンちゃん、ヒデ)
 松尾八幡平ICでウメ達と別れ、2人は更に南下。予定では平泉前沢IC→中尊寺→一関IC→東北自動車道→古川IC→R108→石ノ森漫画館(石巻市)→松島→青葉城跡→宿と相変わらず盛りだくさんである。
 岩手山SAで休憩。ここからは“津軽富士”と呼ばれる岩手山が本当に富士山のように見えた。噂には聞いていたが、左肩の膨らみといい、これほどまで似ているとは…。
 平泉前沢ICで高速を降り、R4を少し南下して中尊寺に到着。歩道に邪魔にならないようにバイクを置いて、お堂や神社を全て見て廻った。中尊寺は単一の寺ではなく、いくつかの寺の集合体のような所で、本坊、願成就院、金色堂、利生院、観音院、弁財天堂、本堂といくつもの建造物がある。そしてお目当ての金色堂へ。覆堂に覆われた、黄金色に輝く堂にしばし目を奪われる。資料館もボリュームがあった。
 この時点で13時を過ぎていたので、昼食を食べる店を探したが、ゴールデンウィークの真っ只中、どこも一杯だったので、仕方なく近くのコンビニで買い込み、バイク脇で食べることとなった。今回はこのパターンが多い。段々時間が押してきた為、急いで出発し、一関ICから東北自動車道に乗り、石巻を目指す。
 古川ICで高速を降りた後、R108は快適な道で、15時前に石ノ森漫画会館に到着。
 ここで誤算が…。石ノ森正太郎の漫画が、どれもあまりに懐かしく、予定時間をオーバーし、2時間近く見入ってしまった。昨日の失敗もあり、暗くなってからの宿到着を避けたかった為、やむなく松島と青葉城跡をキャンセルし、石巻河南ICから仙台港北ICまで三陸自動車道を走った。

石ノ森漫画会館
 R45で仙台市内に入り、少し迷ったものの、18時前にはメープル仙台ユースホステルへ無事到着。
 チェックイン時、ヒデがいくらユースホステルの会員証を探しても出てこない。なくした?いや、どうやら青森でお土産を買って自宅に送った時、ついでに荷物を軽くしようと不要な物も一緒に箱詰めしたのだが、何気なくそこに混ぜてしまったらしい。迂闊であった。ペアレントの計らいにより、後で会員証をFAXしてくれればOKということになり、まずは一安心。それにしても、もうぼけたのか、我ながら情けない…とヒデは肩を落とした。
 チェックインした後、カンちゃんが宿の前でタバコを吸っていると、一方通行なのに逆走して来る、とんでもないバイクを発見!
 本日の走行距離:302km
 宿は繁華街から離れており、夕食をどうするか協議した。「やはり仙台に来たのであれば、牛タンを食わねば!」と、ヒデが意気込むものの、賛同したのはオユタだけ。無理もない。いいかげん、皆疲れが溜まっているのに、目的地まで約3kmを酒も飲むだろうから歩いて行こうというのだ。酔狂としか言いようがない。
 かくしてオユタとヒデの2人は夜の街に繰り出していった。目的地は「味太助」。ガイドブックによると、仙台における元祖牛タン定食の老舗だそうだ。
 弘前もそうだったが、ここ仙台も普通の飲み屋さんと怪しげな飲み屋さんとが通り毎にある。仙台は弘前のように平行ではなく、交差していた。そして、その角付近には怪しいオモチャ屋さんがあって、堂々とリアルなものがショウウィンドウに飾られていたのにはビックしりた。
 目的の店は長蛇の列ができており、すぐ見付けられた。しかし21時の閉店に対し、現在20時過ぎ。間に合うかどうかが不安だった為、別の店を探す。牛タン定食を出している店は数多くあるのだが、行列ができているか、全く人が入っていないかの2つに分かれていた。いくら疲れていて、腹ペコだからといって、全く人の入っていない店に入る勇気はなかったので、そこそこ行列のできている店「牛タンのせんだい」に決めた。
 待つこと30分、やっと順番が来て店内へ。牛タン定食1.5倍と生ビールを注文(ビール、お通し代込み2,580円)。出た来た牛タンは、普通バーベキューで見るものの4〜5倍はあろうかと思うくらいの肉厚にもかかわらず、叩きになっている為柔らかく、何とも言えない旨味があった。これが冷えた生ビールに合うこと合うこと!また、付け合わせのテールスープもサッパリしていて、牛タンとよく合う。2人は疲れや、待たされたことなんかすっかり忘れ、すっかり上機嫌になった。最後の夜に出会えた、最高の至極を味わった後、ほろ酔い気分で、来た道を40分掛けて戻った。

牛タン定食屋「牛タンのせんだい」
 一方、他の3人は宿の近くの手打ちそば屋で夕食を食べていた。全く期待していなかったのだが、出てきたそばは、腰があって味もよく、本場長野県人の彼らも思わずうなってしまった。しかも安い!思わぬ拾い物をしてしまった感じである。
宿データ 宿名 メープル仙台ユースホステル
場所 宮城県仙台市青葉区柏木1-9-35
感想 青葉山公園の比較的近くにある。施設、サービスは申し分ないが、仙台市の繁華街からはだいぶ離れている。夕食の提供なし。
1泊朝食付き:会員3,000円、非会員3,800円
(マコちゃん)
 秋田港発9時のフェリーで新潟へ。「出港時刻の90分前に手続きを」とチケットに書いてあったので、宿の朝飯はヌキ。宿からフェリーターミナルまではバイクで10分くらいであった。ターミナルのすぐ近くにコンビニがあったので、ここで朝昼の食料を調達。
 定刻通り、フェリーは出港した。そして15時30分、新潟港に入港。

新潟港
 新潟亀田ICで北陸道に乗り、上信越道、長野道経由で19時チョイ過ぎに豊科の実家に無事到着!
 本日の走行距離:282km(豊科町の実家まで)
5月4日(土) 天気:曇りのち雨
 いつものように朝早くに目が覚めたヒデは、朝食までに青葉城跡を見に行って来た。広瀬川を堀にした青葉山の上に高々と石垣を残す伊達氏62万石の居城跡。有名な伊達正宗の騎馬像前からは、仙台市街がよく見渡せる。しかし、今にも雨が降り出しそうな空模様である。
 今日はひたすら高速道路(東北自動車道→磐越自動車道→北陸自動車道→上信越自動車道→長野自動車道)で帰るわけだが、天気予報は新潟に近いほど悪い。雨の覚悟はできている。どうせ今日は帰るだけだ。
 8時20分、出発。仙台宮城ICで東北自動車道に乗ったとたんに雨がぱらついてきた。仕方なく、菅生PAでカッパを装着。再び走り出すと、すぐに雨は止んでしまった。
 東北自動車道の交通量は多かったが、郡山ジャンクションで磐越自動車道に入るとめっきり減った。結局、磐梯山SAで休憩するまで、雨は降らなかった。しかしいつ降り出してもおかしくないので、カッパを脱ぐわけにはいかない。案の定、SAを出発してすぐにザーザーと降り出した。

磐梯山SA
 日本海側は特に降りが激しい。北陸自動車道黒崎PAのモスバーガーで昼食にし、あとは各自のペースで帰ることにした。実質的にここで解散である。
 こうして16時には全員無事、自宅に帰ることができた。ちなみに長野市から南側は曇り空であった。
 本日の走行距離:533km(長野自動車道豊科ICまで)

レポート by ウメ


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