| 5月2日(土) |
天気:晴れ時々曇り |
GTECのツーリングで2泊以上の行程は、コロナ禍を挟んで実に8年ぶりとなる。
8時に長野自動車道築北PAにウメ、オユタ、ヒロ、そして途中まで見送りに来てくれたトモアッキィは集合した。バイクを持っていないオユタは4輪(SUBARU BRZ)で参加。
築北PA
まずは最初の目的地である新潟県魚沼市にあるJR小出駅を目指して出発。そこで東京(日野市)から参加のサトと12時に合流する予定だ。気温は15度で、走っているとやや肌寒い程度。隊列はウメ、ヒロ、トモアッキィ、オユタの順。
上信越自動車道豊田飯山ICで高速道路を下り、R117で北東にひた走る。
千曲川や飯山線沿いに新潟県まで延びるR117は交通量が少なく、多くの区間が追い越し可能なことから、安定した巡航速度を維持しながら進むことができた。
道の駅「花の駅千曲川」(9時10分着)と、「津南観光物産館」(10時10分着)で休憩。
津南観光物産館の駐車場にはオートバイ神社「越後双輪神社」が併設されていた。これは地元有志の実行委員会が地域振興にと2024年に建設したものだ。一般財団法人二輪車文化協会が宗教的な目的ではないツーリング拠点として認定している“オートバイ神社”の全国26か所目に選ばれている。ご神体にはかつて十日町市の真常寺に祀られていた不動明王像が安置されているそうだ。
オートバイ神社
この頃は気温が21度となり、快適となった。
11時20分に小出駅着。駅前にある食堂で昼食とした。4人共同じメニュー(天ぷらそば)を注文したのだが、提供されるまでえらく時間が掛かり、その間に到着したサトを外で待たせてしまった。個人経営の小さな食堂なので仕方あるまい。
サトはJR浦佐駅(田中角栄像)、赤城山西福寺に立ち寄り、小出駅近くの蕎麦屋で昼食を済ませていた。
何にせよ、これで全員揃った…のも束の間、ここでトモアッキィとはお別れである。
全員集合!
小出駅を12時30分出発。ここからの隊列はウメ、サト、ヒロ、オユタの順だ。
当初の計画ではR252で会津若松へ向かう予定だった。R252は昨日冬季閉鎖が解除されたものの、新潟と福島の県境付近が災害によって通り抜け不可とのことなので、急遽ルートを変更し、R290で磐越自動車道安田IC目指して進むことにした。そこから会津若松ICまで高速道路を使用する。大回りにはなるが、所要時間はほぼ変わらない。
ファミリーマート五泉中野橋店で休憩した後、R290を東に1kmほど走って左折。県道55号線にアクセスして安田ICから磐越自動車道に入った。
基本的に単車線の自動車専用道路なのだが、IC付近で一時的に二車線となり、遅いクルマはその区間でパスすれば、そこそこの巡航速度で進むことができる。
新鶴PAで最後の休憩。会津若松ICで高速を降りてから、本日の宿「東山パークホテル新風月」まで大した距離ではない。16時半着。
本日の走行距離:長野自動車道安曇野ICから332km/420km(サト)
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| 宿データ |
宿名 |
東山パークホテル新風月 |
| 場所 |
福島県会津若松市東山町大字湯本積99 |
| 感想 |
GTECのツーリングで何度か利用したことのある「彦根ビューホテル」と同じ系列の伊東園ホテルズが経営しているホテル。(彦根ビューホテルはその後別会社に経営譲渡。)
食事はバイキング形式となっていて、メニューが豊富。夕食はアルコールも飲み放題!生ビール、各種酎ハイ、日本酒が選べる。
会津若松の観光の拠点として利用するには好位置にある。
1泊2食付き:15,015円(税込み)
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| 5月3日(日) |
天気:晴れのち曇り |
8時30分出発。
ここでオユタとヒロはお別れで、昨日と逆コースで帰路につく。
今日は走りのステージだ。磐梯山ゴールドライン⇒磐梯吾妻レークライン⇒磐梯吾妻スカイラインとワインディングを攻めまくる!これらの道路はほとんどの区間が追い越し可能なのだ。
ウメ、サトの順でまずは県道64号線から磐梯山ゴールドラインに入った。交通量は少なく、いきなりタイヤの端を使い切りながらの走行を楽しんだ。
程なく山湖台に到着。文字通り、磐梯山(山)や猪苗代湖(湖)を眺めることができる展望台(台)である。ところが写真撮影をしていると、ブヨのような小さな羽虫の大群が飛び回り、うざいことこの上なく、そそくさと退散した。
ちなみに2人は「ブヨ」と呼ぶが、ハエ目カ亜目の「ブユ」が正式名で、関西では「ブト」と呼ばれているらしい。(実際にブヨだったかは不明。)
お次は磐梯吾妻レークライン。この道もガラガラで、立ち寄りポイントの三湖パラダイスまであっという間だった。ここは桧原湖、小野川湖、秋元湖を見下ろすことのできる展望台だ。…とここでもブヨ(?)の大群が!写真だけ撮ってすぐ出発。
三湖パラダイス
締めの磐梯吾妻スカイラインは浄土平というメジャーな観光地がある為か、交通量が多い。最初の内は遅いクルマをパスして先に進めたが、そのうち10台以上連なっている車列に追いついてしまい、のんびり景色を楽しみながら走ることとした。
高湯温泉と土湯峠を結ぶ全長約29kmの磐梯吾妻スカイラインは「雲上のドライブコース」と呼ばれ、標高が高くなるに従って荒涼とした火山の風景が眼下に広がり、絶景である。目を三角にして走っていたのではもったいない。(笑)
10時50分、浄土平ビジターセンター着。標高が1600m位あるからか、羽虫は飛んでいなかった。
駐車場から歩いて浄土平のシンボル吾妻小富士の山頂へ。徒歩10分程度で、お気軽に登れた。山頂からは直径約400mの火口跡を眺めることができ、登っていくとこれが突然目の前に開けるので、思わず「おお〜!」と言葉が出る。しかし山頂付近は強風が吹き荒れていた。宿から浄土平ビジターセンターまで気温は15度位で昨日の朝と同じ程度だったが、吾妻小富士山頂付近の風が冷たいの何の!短時間で撤収。
吾妻小富士
引き続き磐梯吾妻スカイラインを進み、下りきった辺りで県道5号線に左折。6km位北上して道の駅「ふくしま」に13時40分着。昼食とした。ゴールデンウイークとあって混んでおり、屋内の飲食店は満席だった為、キッチンカーで仙台牛の牛タンなどを購入して食した。うまし!
この頃には気温が23度まで上昇し、絶好のツーリング日和となっていた。40分くらい滞在して出発。
この道の駅のすぐ横が福島大笹生ICの入り口となっており、ここから東北中央自動車道に入った。
その後は福島JCT⇒東北自動車道⇒仙台南IC⇒仙台南部道路⇒仙台若林JCT⇒仙台東部道路⇒三陸沿岸道路という、いくつもの自動車専用道路を経由して進んだ。交通量は多いが、流れはスムーズだ。春日PAで休憩。
川北ICで高速を降りてからの県道197号線とR398は、ほとんど信号がない快適路だった。神割崎駐車場に15時40分着。
神割崎は、境界争いをしていた人々に対し、神が岬を割ってその仲裁をしたとの伝説が残っている。なるほど、みごとに二つに割れた岩の間からは、沖から波が勢いよく打ち寄せ、目の前まで通り抜けてきて迫力がある。メジャーな観光地のハズだが、他に観光客はほとんどいなかった。
神割崎
神割崎の近くで漁港で記念撮影後、16時20分に本日の宿「津の宮荘」着。
長清水漁港
本日の走行距離:279km
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| 宿データ |
宿名 |
津の宮荘 |
| 場所 |
宮城県本吉郡南三陸町戸倉合羽沢34 |
| 感想 |
志津川湾に海に面した漁師の宿。施設は旧く、掃除や手入れが行き届いていない。支払いにカードも使えない。
しかしながら、漁で獲れた魚介類を一旦海の生簀に放し、夕方再度水揚げして調理するというこだわりの夕食はゴージャス&デリシャス!牡蠣料理がこれでもかと出て来るのに加え、海の幸がてんこ盛り。東京の料亭で同等のメニューを注文したら、おそらく宿泊費以上の料金となるであろう。(食事の量はボリュームがあり過ぎて、もっと少なくていいと思うが…。)
1泊2食付き:9,350円(税込み)
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| 5月4日(月) |
天気:曇りのち晴れ一時にわか雨 |
朝起きると、雨がザーザー降っていた。今日は海沿いをいわき市まで南下するのだが、天気予報によると、進行方向も含めて8時頃までに雨が止んで昼前には晴れる予報となっている。期待通り、7時半頃には曇り空となった。
8時35分出発。気温は16度。
R398を海沿いに女川町まで走って、牡鹿半島の付け根で牡鹿コバルトラインに入り、南下した。
牡鹿コバルトラインは女川町から牡鹿半島の先端(鮎川浜)までを結ぶ全長約32kmの山岳観光道路だ。かつては有料道路だったが、1996年に無料開放された。ひたすらワインディングが続くので、走りのステージと期待された。
しかしながら、交通量はガラガラだったものの、頭上には木の枝が生い茂り、路面はウェットのままで薄暗い。そのうち霧が出てきて視界も悪くなってきた。
10時5分に「御番所公園」着。江戸時代に仙台藩が唐船の襲来に備えて見張り所を設置していたのが名前の由来で、つまりは眺めがいい場所なのである。晴れていれば金華山と網地島、田代島等が一望できる絶好のビューポイントなのだが、残念ながらガスっていてよく見えなかった…。牡鹿半島はいつかリベンジしたいものである。
御番所公園
お次は本日メインの目的地「第146震洋(しんよう)隊基地跡」だ。牡鹿半島の西側を走って奥松島湾最大の島、宮戸島に向かう。すっかり青空となり、気温も23度まで上昇して、本日も絶好のツーリング日和となった。
東松島市で航空自衛隊松島基地を左手にして進み、宮戸島東側の潜ヶ浦漁港に12時5分着。
ここにバイクを置いて徒歩で移動する。軽自動車でもギリギリ程度の手掘りのような薄暗いトンネルを抜けると、震洋の基地跡が見えてきた。
震洋基地跡に通じるトンネル
震洋とは太平洋戦争末期に旧日本海軍が開発した特攻兵器で、250kgの炸薬を搭載したベニヤ板製の小型ボートだ。“第146”という数字が示す通り、東南アジアや沖縄、日本本土の太平洋沿岸各所に配備され、ある程度の成果は上げたようだ。現代だとウクライナ軍が使用している無人の海上ドローンがロシア軍の艦艇に対して成果を上げているが、震洋は人の命を犠牲にする前提のトンデモ兵器である。とはいえ、ここの基地からの出撃はなかったとのことだ。
海岸に続く道の横には格納庫として使われていたと思われる横穴がいくつもあった。海岸にはコンクリート製の桟橋、船を海中に滑り下ろす為の鋼鉄製のレールが残っている。また、これをコントロールするモーターの設置されている小屋もあった。ただし、戦後は漁港として使われていた模様で、これらの遺構が戦時中のままなのかどうかは資料が不足していて定かではないらしい。いずれにせよ、現地は何も手入れがされておらず、廃墟の雰囲気を味わうには申し分ない。説明用の立札すらないのだが、カップルや家族連れが数組訪れていた。
第146震洋隊基地跡
震洋隊基地跡を後にし、宮城県亘理郡山元町にある「震災遺構 中浜小学校」に向かう。鳴瀬奥松島ICから三陸沿岸道路に入り、春日PA(昨日とは逆側)に着いたのが13時15分。ここで昼食とした。
三陸沿岸道路⇒仙台松島道路⇒仙台東部道路⇒常磐自動車道と走って、鳥の海PAのスマートICで高速を降り、県道38号線を南下。この県道は海岸線に沿って真っ直ぐ造られており、津波に対する防波堤の役割も担っている。15時20分、旧中浜小学校に到着。
2011年3月11日、東日本大震災で津波が迫る中、中浜小学校では校長らが校舎に残っていた児童、教職員、保護者90人を屋上に避難させることに決定し、その結果、全員が助かった。
外からは大した被害はないように見える校舎ではあるが、津波は2階の天井にまで達し、内部は破壊し尽くされていた。下から遥か上にある「津波浸水深ここまで」のプレートを見上げると、もしあと少しでも津波が高かったら、屋上も飲まれていたであろうことが分かる。自然の圧倒的な猛威を感じずにはいられなかった。ここまでの道中、震災の被害を感じさせる風景はなかったので、こういった遺構は必要であろう。
旧中浜小学校
引き続き県道38号線を海沿いに南下し、大洲海岸北端の「鵜ノ尾岬夕陽の広場」にバイクを置き、展望台からこの後走る大洲松川ラインを見下ろす。大洲海岸は太平洋と松川浦を分かつように続く絶景スポットだ。道路を挟んで左手に荒々しい波が打ち寄せる太平洋、右手に穏やかな松川浦を同時に望むことができた。時間が押してきたので先を急ぐ。
大洲松川ライン
大洲松川ラインを走破した後、南相馬鹿島SAのスマートICから常磐自動車道に入り、いわき市を目指す。車体がブレるほど横風が強くて怖かった。進行方向上空にはどす黒い雲が立ち込めていて、気温が16度まで一気に低下。いわき四倉ICで高速を降りると、雨が降り出した!本日の宿「スーパーホテル 福島・いわき」まではあと僅かの距離だったので、カッパは着ずに直行。17時30分着。ずぶ濡れにはならずに済んだ。
本日の走行距離:329km
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| 宿データ |
宿名 |
スーパーホテル 福島・いわき |
| 場所 |
福島県いわき市平中神谷字苅萱38 |
| 感想 |
18時から20時までの短時間ではあるが、ウェルカムドリンクコーナーでアルコールを飲めるのがGood。ただしビールは有料。2人はカクテルを飲みまくった。
1泊2食付き:8,400円(税込み)
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| 5月5日(火) |
天気:晴れ |
朝からいい天気だ。
ツーリング最終日。ウメは東京で用足しをしてから中央自動車道⇒長野自動車道で安曇野市へ向かい、サトは自宅の日野市に直行する。
8時出発。2人一緒にいわき中央ICから常磐自動車道へ。
友部SAで休憩後、三郷JCTを直進して首都高に入り、途中でそれぞれの方向に分かれて解散となった。
本日の走行距離:456km(ウメ)/250km(サト)
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