グレートツーリング '99 in 九州 |
メンバー(マシン) | ウメ(ZZ-R1100)、オユタ(CBR900RR)、ヒデ(VFR400R)、ヒロ(GPZ900R) |
4月29日(木) | 天気:晴れ | ||||||
8時、長野自動車道みどり湖PAに集合。隊列はウメ、オユタ、ヒデ、ヒロの順番である。長野自動車道→中央自動車道→名神高速と順調に走り、西宮で高速を降りると、R43で六甲アイランドを目指した。 阪神淡路大震災の傷跡はほとんど残っておらず、全壊してしまった阪神高速道路も、見事に再建されていた。 18時30分、フェリーは六甲アイランドを後にした。明石大橋をくぐったあたりから風が強くなり、そのうち、それこそまっすぐ立っていることができないほどの強風になった。それでもさすがは瀬戸内海だけあって波は穏やかで、船室は揺れを感じなかった。
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4月30日(金) | 天気:晴れ | ||||||
6時30分、新門司上陸。龍宮城みたいなフェリーターミナルをバックに記念撮影した後、近くのコンビニで朝食にした。
門司市内でお互いの無事を祈りつつ別れた。 | |||||||
秋吉台への登り道は、交通量も少なく、整備された快適なワインディングであった。そしていくつかのコーナーを抜けると、突然視界が開け、秋吉台の雄大なカルスト台地が目の前に広がった。ウメとオユタは昨年の「グレートツーリング '98 in 四国」で四国カルストに行ったが、その数十倍のスケールはありそうだ。さすがは日本最大のカルスト台地。カルスト台地自体初めて見るヒロは、「すげぇ、とても同じ日本の風景とは思えん…。」と感激していた。
そしてエレベーターは鍾乳洞の中に降りていった。ドアが開くと、ひんやりとした空気が入ってきた。何億年という、気の遠くなるような歳月をかけて造られた石灰洞は、東洋一の規模を誇る。照明に青白く浮かび上がる鍾乳石や石柱が神秘的だ。見学できるコースは約1km(鍾乳洞全体はこの10倍の長さがあるらしい)で、端から端まで歩いたのだが、じっくり見ていたら1時間以上かかった。充分に見ごたえのある鍾乳洞である。
菅原道真を祭る太宰府天満宮は、これまたウメとヒロにとっては92年以来である。6000本といわれる梅の木の花は、とっくに咲き終わっていた…。が、朱塗りの本殿は相変わらずみごとである。池にはみどり亀が大量に繁殖していた。茶でも飲むか、と神社の庭園を見渡せる土産店で、名物「梅ヶ枝もち」を食べる。しかし、従業員同士が何やら口論していて、落ち着いて食べられなかった…(うまかったけど)。
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少し走ると、関門橋の真下に出た。ちょっとした広場を見付け、バイクを降りて海まで歩くと、そこはまるで河と見間違うような流れである。小型タンカーが2隻のタグボートに引かれないと流れに逆らって昇ることができない様は、まさに圧巻であった。 バイクに戻りふと見上げると、そこに「関門トンネル人道入り口」の文字。そう、そこは噂には聞いていた歩行者専用関門トンネルの入り口であった。少し覗いてみようとエレベータで降りた。 説明パネルによると、海面下約55mの所に2階建てのトンネルがあり、車道の下に歩道が設置されているようだ。片道750mの文字に少し躊躇するものの、今回は珍しくブーツではなかったので、すかさずチャレンジ!山口上陸を果たし、記念撮影だけして再び九州へ戻り、今度こそ有田へ。 門司ICから九州自動車道に乗り、鳥栖ジャンクションから長崎自動車道に入り、武雄北方ICからR35で有田に到着。さすがに高速を使うとあっという間だ。 有田に着くとかなりの人がいた。どうも焼き物祭りが行われているようだ。路地が露店と人とのぼりでごった返していた。一通り路地を歩いたが、お目当てが見付からない。今回のツーリングの楽しみのひとつ「柿右衛門」。ここに来ればすぐに見つかるだろうと安易な考えでいたが、なかなかどうして。交通整理をしていたお巡りさんに聞くと、どうも山際に焼き窯があり、そこで販売もしているとのこと。やはり柿右衛門の路地販売はしないのかと、窯元へ。 展示館で歴代柿右衛門の焼き物を見た。他の有田焼と少し異なり、派手な絵柄はなく、白磁に柿、花、鳥等が描かれているシンプルなものである。その後、やはり1つはと思い即売所に行ったが、予想通りのいいお値段。壺や大皿はうん十万の単位。とても手が出ない。そこで比較的安いコーヒーカップが目に付いたので、それを購入することにした。A級とB級があったが、素人目には全く分からなかったので、迷った挙句、B級品2種類(柿柄とほおずき柄)にした。それぞれうん万円。A級に至っては、その1.5倍。持ち帰りは恐ろしかったので、迷わず宅急便を使用した。どうやら保険もかかるようなので、トラブルの心配はなさそうだ。 有田を後にし、伊万里へ。有田では全く気付かなかったが、伊万里では町の随所に焼き物があった。何と、道案内が伊万里焼。これにはビックリ!そして、窯元へ。伊万里は窯元が「大川内山」という山の斜面に集中しており、焼き物の里となっている。こちらは特に祭りはやっておらず、人も疎らであった為、ゆっくり見ることができた。路地という路地を歩き尽くして気付いた点として、多くの窯元が玉砂利の代わりに陶器の破片を敷き詰めている。恐らく、「駄作だぁ!!」と言って叩き割られた多くの焼き物の中から、割れなかった物のみ「傑作だぁ!!」として世に出て行ったのであろう。 ここでは、湯呑みに絵付けをできる窯元があったので、そこで絵付けをすることにした。絵の描けないヒデは、迷った挙句、なかなか素晴らしい言葉である「えい」「やあ」の文字を2個の湯呑みに勢いよく書き込み、妹夫婦の土産とした。 次に唐津に向かったが、ヒデは今まで大きな勘違いをしていた。俗に言う「蛸模様」。どういうわけか、今まであれを唐津焼きと思い込んでいたのだが、あれは伊万里焼きだったのだ。思い込みとは恐ろしい。 唐津焼とは、有田焼き、伊万里焼きとは全く異なり、何とも質素で良い物だとヒデは感じた。駅前で観光していると、見栄えの良いお姉さん2人に呼び止められる。「お!?」と喜んだヒデだが、何の事はない、カメラのシャッターを押して欲しいとのこと。彼女らはこれから阿蘇へ行くらしい。旅の安全を誓い合って別れ、ヒデはR202で本日の宿泊先である福岡市内の東映ホテルに向かった。 ホテルに着いて荷解きしていると、ビッグマシンに乗った3人組が到着。ウメ達だ。ここでヒデは昼飯を食べていないことに気付く。「(ヒデ)早く晩飯にしようぜ!」 | |||||||
チェックインを済ますと、4人は博多市街に繰り出した。まずは博多駅に歩いて行き、地下鉄で天神に移動した。あらかじめガイドブックで調べておいたお目当ての店、「楽天地」を目指す。ガイドブックには、大盛りのニラが入ったもつ鍋の写真が写っている。これが目的だ。
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5月1日(土) | 天気:晴れ | ||||||
8時出発。今日はけっこうな距離を走る。まずはR202で唐津→伊万里と廻った。 ヒデにしてみれば、伊万里までは昨日と逆コースである。ヒデ以外のメンバーは、特に焼き物に興味はなかったので、各駅前で記念撮影をしたにとどまった。
子佐々町南岸を走行中、ウメがふと前方左側道路沿い民家のブロック塀の上を見ると、猫が今まさに道路に向かって飛び降りようとしているのが目に入った。「(ウメ)おいニャン公!こっちを見ろ!いや、いくら猫でも、そこまで愚かではあるまい。」と減速せずに行くと、しかし猫はそのまま道路にダイブし、着地した後、道路の反対側に向かって一目散に走り出した。そこにちょうどウメのZZ-R1100が差し掛かり、猫はカウルに激突すると、はじき返された。「(ウメ)ゲッ!!」減速してバックミラーで確認すると、オユタとヒデが通過する間、猫はもんどり打っていたが、再び道路の反対側に向かって走り出した。「(ウメ)ホッ…。無事だったか。」とそこに最後尾のヒロが…!!猫の運命やいかに!? 「(ヒロ)え!?何やら当たったような?何?」ヒロがバックミラーを見ると、転げ回っている猫が映っていた。そこに子猫が2匹現れると、母猫(?)は痛々しそうに道路を横断し、子猫達は後に続いた。「(ヒロ)だい、じょうぶ…だよね…?」ウメが心配そうに後ろを振り返っている。ヒロは、グッと左腕を上げ、親指を突き出して“OK”のポーズをした。そのまま4台は走り去ってしまったわけだが、佐々町に入ってすぐのレストランで昼食を食べた時にバイクを確認すると、ヒロのGPZ900Rのカウルに何やら血のようなものが…。あの猫が無事な事を祈らずにはいられないGTEC達であった。 昼食後、ヒデのガイドブックに載っている佐世保市にある石岳展望台を目指す。隠れた名所らしい。隠れた名所とは名ばかりではない。なるほどその通り、地図で印の付いている周辺に到着しても、場所が分からない…。標識も見当たらない。そうこうしているうちに、佐世保港まで来てしまった。明らかに通り過ぎているので、適当に右折して地図を確認しようとしたら、米軍佐世保基地の入り口であった。警備兵と目が合う。急いでUターンしていると、クルマで通りかかった米軍兵士がこちらを見て窓を開けるなり「ニンジャ!カワサキ!ナイスバイク!」と叫んでいた。 展望台には、地元の人に聞いてなんとかたどり着いた。未舗装の駐車場から歩くこと1分、みごとな風景が目に飛び込んできた。西を見ると先ほどの米軍佐世保基地。反対を向くと、九十九島の美しい景色が見渡せる。苦労して来た甲斐があったというものである。佐世保基地には強襲揚陸艦「ベローウッド」がハッキリと見えた。
なんとか暗くなる前に平和公園に到着。ウメとヒロは、7年前に来た時とだいぶ風景が変わっていることに気が付いた。前回は、公園の隅に熱で溶けてグニャリと曲がった鉄骨等がひっそりと置かれていたのが印象に残っていたのだが、その一帯が大々的に整備されていた。そして、地層のカットを真横から見ることができる施設があって、今の地面の数m下の様々な破片達が、原爆が落ちた当時の歴史を物語っている。そう、現在の長崎市の下には、負の遺産が眠っているのである。
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5月2日(日) | 天気:晴れ | ||||||
8時30分出発。まずはグラバー園を見学。ここはイギリス人のトーマス・グラバーが1863年に建てた、最古の洋風木造建築であるグラバー邸をはじめ、散在していたリンガー邸、オルト邸等を集めた公園である。ここからは長崎市街や港が一望できる。けっこう広い公園で、きれいに整備されていた。しかし暑い!Tシャツ1枚でちょうどいい。ちなみに周辺の道は細く、バイクを路駐させるのにも苦労した(有料駐車場は所々にあったが…)。
森山町でR251に入り、吾妻町で適当に脇道に入って少し走ると、堤防の東側(海側)に出た。とりあえずバイクを置いて、干潟に下りてみた。っといきなりムツゴロウ発見!こちらはまだ自然が残されているようだ。堤防が見える。 少し西に戻ると、堤防へのゲート前に着いた。しかし年配のガードマンによって立ち入りはできなかった。「(ガードマン)見せてあげたいのは山々なんだけどねぇ…。海岸沿いに少し西に走ってみたら?その方が堤防を見渡せていいと思うよ。」と言われ、1kmほど西に移動した。防波堤に立って、堤防を西側から見渡す。イメージと違って、海水はたっぷりとあった。ニュースでよく目にした干上がった干潟は、どうやらずっと西側のようだ。諫早湾は時間を掛けて徐々に干拓されていくのであろう。
雲仙温泉は大小30余りの“地獄”があり、至る所で熱湯と水蒸気が噴き出し、硫黄の匂いが立ち込めていた。遊歩道を少し歩いて“地獄”で記念撮影。
島原からはフェリーで熊本に渡る予定だ。これで陸路を行くよりも大幅な時間短縮が図れる。しかし、フェリーターミナルの駐車場は、フェリー待ちのクルマでごった返していた。キャンセル待ちがどうのこうのとアナウンスが流れている。予約は入れていない。既に16時を過ぎている。もしも今日の便全てに乗れなかったら?恐る恐る受付窓口に行くと、あっさりと次の便に乗れることになった。さすがはバイク。 乗船時間まで時間があるので、ターミナル内のお土産屋さんを眺めて廻った。誰もここで買う気はなかったのだが、試食はしっかりとした。オユタを除いて。なぜ彼が試食をしないのかというと、試食をすると当然ではあるが、店の人がしきりに勧めてくる。こういう時は「一通り廻ってから検討しますね。」などと適当にあしらえばいいのだが、それができないのがオユタなのである。義理堅い彼は、勧められるがまま、ついつい購入してしまうのだ。本人はそれが分かっているので、遠巻きに見ていた。ところが他のメンバーが面白半分に「お〜い、オユタ、このお菓子は絶品だぞぉ!」と半ば無理矢理試食させたところ、案の定、数分後にはそのお菓子を購入するオユタの姿がそこにあった。欲しくもないものを勧められるがままに買ってしまう…。お土産くらいならいいのだが、何かと気を付けた方がいい性格ではある。 17時30分、熊本フェリーの「オーシャンアロー」は島原港を出港した。夕日でシルエットがくっきりと浮かび上がる普賢岳が、みるみる遠ざかっていく。波の上を滑るようにグイグイと進む「オーシャンアロー」は、島原→熊本間を僅か30分で結ぶ超細長双胴船SSTH(Super Slender Twin Hull)なのだ。デザインもカッコイイ!
夜は熊本名物の馬肉がうまいと言われている店に行った。馬肉はGTECの地元松本エリアでも名物である。特上馬刺しを食べたのだが、果たしてお味は?「(オユタ、ヒデ、ヒロ)うん。いいんじゃいの?」ところがここで異議を唱えるへそ曲がりが1人。「(ウメ)イマイチだねぇ。」ウメは馬刺しといえば、地元穂高町の肉屋「マルト」でしか購入しない。その店の特選馬刺し(100gあたり800円)のうまいのなんの!舌が肥え過ぎているので、並大抵の馬刺しでは満足できないのは当然であった。なにはともあれ、馬肉と地元の日本酒で盛り上がった。 | |||||||
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5月3日(月) | 天気:曇り | ||||||
8時30分出発。まずは市役所前にバイクを置いて、熊本城公園を歩いた。時間の関係上、天守閣には入らず、外から眺めただけであるが、さすがは加藤清正の築いた名城、壮観である。それにしても外堀を含めると、とんでもない広さだ。天守閣をカメラに納めようとしただけなのに、けっこうな距離を歩いた。
阿蘇町で阿蘇山をバックに記念撮影をした後、やまなみハイウェイに入った。「グレートツーリング '96 in九州」とは逆コースである。50kmにわたって適度なワインディングが続き、すいていれば最高の道なのだが、そこはゴールデンウィークだけあって交通量が多く、ダラダラと走るしかなかった。もっとも、終点までは走らず、山下湖手前で右折してR210にアクセスし、大分市を目指した。このR210、せっかく信号が少ない道なのに、10台くらい前を遅〜いトラックが走っていた。斜線は追い越し禁止。信号が赤ならば一気に前に出れるのだが…。結局大分市に入るまで付き合わされた。全員ぐったりである。 大分港のフェリーターミナルで乗船手続きを済ませた後、まだ時間があったので、大分城天守閣跡を見に行った。今は石垣を残すのみとなった大分城は、市街地のど真ん中にあった。市役所の隣りにあるという点では、松本城に似ている。敷地面積も似たようなものだった。結局、天守閣がなければただの公園である。暇をつぶしてからフェリーターミナルに戻った。 18時45分、ダイヤモンドフェリー「ブルーダイヤモンド」は大分港を出港した。さらば九州! 今回は寝台の予約が取れず、やむなく2等のザコ寝である。覚悟をしていたとはいえ、超満室。1人1畳もない。辛かった…。
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5月4日(火) | 天気:雨 | ||||||
6時45分、六甲アイランド着。予報通り、既に雨が降っている。仕方なくカッパを着込んで出発。
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グレートツーリング外伝 '99 in 福井 |
メンバー(マシン) | ウメ(ZZ-R1100)、オユタ(CBR900RR)、ヒロ(GPZ900R)、マコちゃん(ZZ-R400) |
10月23日(土) | 天気:曇り | ||||||
8時、松本市新村のローソンに集合。予報では曇りで、雨の心配はない。R158を岐阜方面に向かって走る。隊列は、ウメ、オユタ、ヒロ、マコちゃんの順である。 出来たばかりの安房トンネルは帰りに通るとして、行きはワインディングを楽しむ為に、安房峠を越えることにした。峠はトンネルが開通したおかげで、滅多にクルマは走っていない。よって、ハイペースで走ることができた。10月の後半ともなると、けっこう寒かったが、紅葉がきれいであった。 今年の夏頃からオユタのマシンは、タンクとフレームの間の緩衝ゴムが1個紛失してしまっていた。そこで、暫定的に広告を厚く折り重ねたものを挟んでおいたのだが、峠の頂上で休憩中、オユタはその広告がなくなっているのに気が付いた。峠を攻めている時、オユタのすぐ後ろを走るヒロは、目の前をヒラヒラと紙片が舞い落ちるのを目撃したのであった。それなのに激しく走行したおかげで、タンクとフレームが摩擦してしまい、その部分の塗装が少し傷んでしまった。オユタはすかさずティッシュペーパーを挟んだ。こんな感じで今回は乗り切る他はなかろう。 峠を越えるとR471に入った。すいていて、適度に追い越しも可能なセンターラインのある国道なので、快適である。道の駅奥飛騨温泉郷上宝で休憩。 R41に入ったとたんに道が混みだして、スローペースになった。というより、先頭のクルマが遅いので、数珠繋ぎになっているようだ。さすがに追い越し禁止区間で10台以上のクルマを抜く気にはなれず、素直に流れに従ってノロノロ走ることにした。途中、細入村の辺りでポツリ、ポツリと水滴が落ちてきて、全員「カッパを着るのはイヤだ〜!かんべんしてくれ〜!」と思ったが、幸い本降りにはならず、北上するに従って再び曇り空になった。 そして富山県に入った瞬間、ヒロの47都道府県制覇が達成された!GTECの中ではウメ、マコちゃんに継いで3人目の快挙である。ここまでの道のりは長く険しいものであった…かどうかは、エピソード「全国制覇への道のり」を参照していただきたい。 富山ICから北陸自動車道に乗った。金沢西ICまでの約62km、GTECかっ飛び組のウメとオユタが終始100km/h巡航で走り切ったのは、バトルする相手が現れなかったからに他ならない。 金沢西ICで高速を降り、R8を南下して那谷(なた)寺に到着。 那谷寺は717年に泰澄法師によって開かれた寺で、本堂、三重塔、鐘楼など、重要文化財が多い。広い敷地の中でも、最大の見所は奇岩遊仙境という庭園であろう。参道から池越しにそそり立つ奇岩霊石を眺めていると、観音浄土浮陀落山もかくあらんと疑ってしまう程美しい。 駐車場に戻ると係のおじさんが、「いやぁ、きちんと停めてくれてありがとう。なかなかいないよ、こんなふうに停めてくれるライダーって…。」と誉められた。4人はクルマ1台分のスペースに納まるようにバイクを2列で停めていたのだ。しかしこれはいつものこと。当たり前のことをしているだけなのだが、マナーを守らない奴が多いということか…。 県道39号線(山中伊切線)を南下し、やがて山中温泉に到着。 大聖寺川の川岸に大小50軒余りの旅館が立ち並んでいる。約1300年前に発見された温泉で、温泉街の「黒谷橋」から上流の「こおろぎ橋」までは、鶴仙渓と呼ばれる美しい渓谷が続いている。 本日の宿「山中グランドホテル」は温泉街の外れにあった。見るからに宿泊料が高そうな立派なホテルである。実際、通常は高い。しかし、旅行代理店のキャンペーンを利用したので、安く泊まることができるのだ(特別料理付きで1人1万円)。部屋は上の方で、窓からの眺めがいい。温泉にゆっくりと浸かり、おいしい料理に舌鼓を打ち、ぐっすりと眠ることができた。 | |||||||
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10月24日(日) | 天気:晴れ | ||||||
7時30分に朝食を済ますと、ホテルに荷物を置いたままバイクで「こおろぎ橋」を見に行った。鶴仙渓に掛かるこの木製の橋は、少し下った所から見上げると、実に絵になる。続けて「あやとり橋」も行った。こちらは出来たばかりの近代的な赤い橋(歩行者専用)なのだが、デザインが奇抜で、クネクネ曲がっている。“あやとり”とはよく言ったものだ。どちらも早朝ということもあってか、人出がほとんどなくてよかった。 ホテルを9時に出発。まずは近場の土産店で、お土産を買うことにした。ホテルのすぐ近くの物産センターがオープンしていたので、ここに寄った。地元の漆塗を展示、販売している所で、入館料が必要である。ウメだけは今回のツーリングでお土産を買うつもりはなかったし、漆塗にも興味がなかったので、外で待つことにした。みんなすぐに出てくると思ったからだ。しかし、ウメは忘れていた。マコちゃんが漆塗に目がないことを…。 「うわぁ、いいのが一杯あるよ!」マコちゃんは目を輝かせて館内の漆塗を眺めて廻った。今回は棗(なつめ:抹茶を入れておくアレね)を買おうと決めていたのだが、棗だけでもえらい種類がある。さすがに上を見たらキリがない世界だけに、値段が違えば品物(の出来)も違う。グレードがひとつ違うだけでも明らかに、素人目で見ても質感が違う。ついつい段々上のグレードに目が移っていく。「(マコちゃん)これは究極の選択ですぞぉ。」「(ヒロ)ウメがしびれを切らしているんじゃないか?」悩んだ挙げ句、店のおばちゃんから技法のレクチャーを受けながら、手の届く範囲の1品を購入した。 結局買い物には1時間かかった。強い日差しの下、待ちくたびれたウメは、かなりいらついていた。待たされたこともあるが(これについてはカネをけちった自分も悪いと思っていた)、家の事情でどうしても18時までに帰らなくてはならなかったからだ。出発が遅れると、結局はスピードでカバーすることになる。とにかく次の目的地である永平寺に向かった。 R364を南下する。道幅が細くなったり太くなったりするワインディングが続き、そこそこ楽しめた。11時前に永平寺着。周辺は土産店が多く、その駐車場への呼び込み(客引き)合戦が繰り広げられ、渋滞していた。その脇を抜けて山門のすぐ近くにバイクを停めた。こういった観光地で目的地の直前まで行けるのはバイクならではである。 永平寺は、いわずと知れた道元禅師開山(1244年)による曹洞宗の大本山である。うっそうと茂る老杉につつまれた山腹に、70余りの堂坊が回廊で結ばれている。修行僧にはカメラを直接向けてはいけない等の注意を受けてから見学した。全ての建物を見ることはできないが、参拝順路に沿って一回りするだけでもけっこう時間がかかった。傾斜地にある寺なので、回廊が階段になっている。山門から仏殿や法堂を見上げると、なかなか威圧感がある。 この時点でとっくに12時を過ぎており、明るい内に家に帰るのは難しくなってきた。ここから帰りのルートは特に決めていなかったが、とにかく、とりあえずは高速に乗ろうということになり、福井北ICに向かった。 尼御前SAで遅い昼食を食べながら、今後のルートを協議した。18時までに帰らなくてはならないウメは、このまま北陸自動車道で糸魚川ICまで走り、R148で南下するというルートを提案した。(このルートでも明るい内に帰れるかは微妙ではあったが…。)しかしマコちゃんは未だかつて通ったことのない安房トンネル経由を強く望んだ。白熱した議論の末、ウメだけ糸魚川経由で帰ることになった。オユタとヒロがマコちゃんと行動を共にしたのは、多分に高速の料金が絡んでいる為のようであった。 | |||||||
糸魚川ICで高速を降り、R148を南下する。この国道もすいていた。この調子なら17時までには着けそうだ。…と、BMW/R1100RSの2台組に追い着いた。今日はBMWに縁がある。前の遅いトラックに行く手を阻まれているので、かなりいらついているように見える。イエローラインがホワイトに変わった瞬間、その2台は抜きにかかった。当然ウメも後に続くが、連中、抜かした後も軽く100km/h以上で飛ばして行く。そして舞台はR148で1番のワインディングへ。そりゃ確かにウメのZZ-Rは重い車重にロングホイールベースなので、ワインディングは苦手である。しかし相手はたかだか90馬力で(ZZ-R1100は147馬力、車重はほぼ同じ)、見るからに峠は速そうじゃない無骨なマシンだ。しかもパニヤケースまで装着しているときたもんだ。余裕で付いて行けると思っていたウメだが、引き離されないようにするのがやっとだった。結局馬力じゃなく腕なのか?いや、それともテレレバーフロントサスが織り成すビーエムマジックか?BMW恐るべし!などと、なかなか楽しいひと時を過ごせた。 白馬周辺はジャンプ大会の影響で渋滞していた。おかげでえらく時間をロスしてしまったが、木崎湖を過ぎるとまたすいてきた。大町市街の片側2車線道路で信号が赤だったので1番前に出るウメ。すると、隣りはいかにもカネのかかっていそうな白いR32GT-RのVspecU。渋滞でストレスの溜まっていたウメはアクセルをあおった。するとGT-Rもブォーン!と空ぶかし。前はオールクリア。信号が青になるのと同時に、いや、やっこさんが少しフライングしてスタートした。これで相手も本気だとわかり、ウメは全力で加速した。「(ウメ)どうだぁ!?この圧倒的な加速にはついて来れまい!!」とバックミラーを見ると、思ったほど引き離してはいない。さすがに市街地で200km/hオーバーとはいかず、前が詰まってくるとすぐに追い着かれた。しかし機動力こそがバイクの武器。スラロームのごとくクルマの間を縫って行き、昭和電工の前で目の前の信号が青に変わるのを鼻歌交じりで待っていた。ふとバックミラーを見ると…、「(ウメ)ゲッ!!」あのGT-Rが3台後ろに止まっているではないか!?まあ、でもこの先は1車線。勝負はついた。 高瀬川の堤防道路に入って少し進むと、なんと、やつが先のT字路でこの道に入ろうとしている!「(ウメ)そうか、エイデンの信号を曲がって裏道に入ったか!」前に何台もクルマがいたので、残念ながら先に入られてしまった。しかしこれで俄然面白くなってきたというもの。道が直線になった瞬間、ウメは一気にやつの後ろにつけた。今度はそちらのお手並み拝見というわけだ。対向車がいなくなると、GT-Rはすごい加速で前のクルマをゴボウ抜きにしていく。そりゃもうBMWのM3なんて目じゃない。それでも加速力はやはりZZ-R1100の方が上だし、追い越した後、クルマとクルマの間に割り込むのも簡単だから、付いて行くウメの気は楽だった。そんなことを繰り返しているうちに、追い越し中のGT-Rの前から対向車が飛ばして来る。ウメはすぐにもとの車線に戻った。しかし、けっこう詰まっていて、GT-Rはまさに紙一重のところで割り込んだ。ほんと、見ていて冷やっとした。これで事故を誘発してしまってはこちらも巻き込まれるし、バトルを仕掛けたウメにも責任がある。先に行ってしまいたいのだが、やつはこりもせずにまた抜きにかかる。相手が自分より前にいる以上、どうしても先に対向車線に出られてしまう。だが対向車が見えると、今度はさすがにマージンを取って戻ってくれた。ウメはそのまま更に加速してGT-Rの前に入った。今度はこちらの番だ。対向車がいなくなったとたん、レブリミッターが効くまで引っ張って加速し、可能な限り前に出た。おかげで戻る時には危く前のクルマに突っ込みそうになり、フルブレーキングになってしまった。一体何キロ出ていたことやら。もうやつの姿は確認できない。激しいバトルであった。直線でのみハイパワーなクルマにバトルを挑む、ずるがしこいウメの勝利といえよう。 そんな感じでぶっ飛ばして帰って来たおかげで、車庫にバイクを置いたのが17時23分であった。なんとか明るい内に帰ることに成功したウメであった。 | |||||||
R158に入って東進するが、高山市街目前でとうとう日没。西の山に沈む夕日をミラーで見つつ、これから向かう東の山からは月が昇る。思わず「(マコちゃん)ま〜るい月がきれいだぁ。いっそ、高山泊まりにしてしまおうか?」なんてつぶやいてしまうくらいしんどくなってきた。古い町並みを横目に(むろん立ち寄っている余裕など無い)高山を通過。 北アルプスが近くなって、標高がグングン高くなってくるにつれ、逆に気温はみるみる下がってくる。先頭のマコちゃんは、GTECの中ではのんびり派なので、マイペースで走っていた。前を走っているボロいカローラに、コーナーで引き離されていくのをオユタは「何離されてんのぉ!」とイライラしながら見ていた。そして登坂車線の区間になった時、シルビアがすごいスピードで追い抜いていった。すかさずオユタが戦闘モードに入って後を追う。「(マコちゃん)やっぱり行きましたか…。」 最新型のシルビアは、かなりのスピードで飛ばしていた。全開走行といってもいい。オユタのファイヤーブレードは、直線で200km/h以上まで加速して、ようやくシルビアに追い着いた。「(オユタ)さぁて、お手並み拝見といこうか!」しかし、あたりは既に暗く、やたらと寒い。戦闘モードに入ったとはいえ、なんか、腰が引けてきた。しかもこのシルビア、登坂斜線と走行車線を目一杯使ってコーナリングしやがる。「(オユタ)そりゃ反則ってもんだろ!」オユタは相手にするだけの価値なしと判断し、少しあおってから、極端にスピードを落とし、後続が来るのを待った。 さて、いよいよ念願の安房トンネルである。「どうと言うことはない、ただのトンネルだろ。」とオユタはいうが、マコちゃんはどうしても1度通ってみたかったのだ。新しい道が出来ると通ってみたくなるのが人間ってもんであろう?そうでもない?果たして感想はというと、「(マコちゃん)もう寒いの何の。いや、この山の中に良くぞ作りましたって感じかな。」 R158を長野県側に下っていく途中で、オユタと別れ、ヒロとマコちゃんもコンビニでコーヒーブレイクの後別れて、3人とも20時半には帰宅した。 |
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