| グレートツーリング '13 in 福島 |
| メンバー(マシン) | ウメ(K1300S)、オユタ(バンディット250)、カッキー(ZX-10R)、カンちゃん(YZF1000R)、ヒデ(CBR900RR)、ヒロ(GPZ900R)、ヨージ(ZXR250) |
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今回のグレートツーリングは、太平洋側の銚子市から日立市、日本海側の新潟市から柏崎市までのツーリング制覇マップにおける海岸線未制覇エリアを埋めることと、福島県で磐梯山ゴールドライン、磐梯吾妻レークライン、磐梯吾妻スカイラインのワインディングを堪能することを主なテーマとした。 銚子市からいわき市までほぼ海岸線を北上し、R289で内陸に入る予定だ。いわき市から更に北側、仙台市までの海岸線は、GTECメンバーで唯一マコちゃんだけが「グレートツーリング '95 in 東北」の初日に走っている。ソロツーリングは制覇マップに含めないルールなのだが、グレートツーリング中における単独行動はOKとしている為、かろうじて埋まっている状態である。できることなら今回、参加メンバー全員で仙台まで北上したいところではあるものの、その為には、東日本大震災に伴なう原発事故の立ち入り禁止区域を強行突破しなくてはならないので諦めた。 |
| 5月3日(金) | 天気:晴れ時々曇 | |||||||
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9時、カッキーとヨージ以外のメンバーは長野自動車道みどり湖PAに集合。マコちゃんがR1100RSで見送りに来てくれた。今年のゴールデンウィークは寒い日が続いており、今朝も各自厚着をして臨んでいた。 ウメがHit-Air(ジャケット型バイク用エアバッグ)を買い換え、今までのはオユタに譲ったのだが、そのことを知らないメンバーは、なぜウメがバンディットに乗って登場したのかと、首を傾げたという…。
大月JCTを過ぎると、さすがはゴールデンウィークだけあって、対向車線(下り)側がひたすら渋滞していた。上りは順調。談合坂SAで休憩&給油。インフォメーションによると、八王子から先は断続的に渋滞しているようだ。覚悟を決めねばなるまい。 東京都に入ると、調布市付近からいよいよ渋滞が始まった。この先は首都高速4号新宿線→首都高速都心環状線→首都高速6号向島線→首都高速7号小松川線→京葉道路→東関東自動車道という経路で東へと向かう。カッキー、ヨージとは14時に東関東自動車道酒々井(しすい)PAで落ち合う予定だ。 新宿までは道幅が広いので、車線間のすり抜けは容易だったが、首都高速は難易度が高かった。それでも渋滞エリアをクリアして、京葉道路の幕張PAに12時40分着。ここで昼食タイムとした。 昼食を終え、いざ出発しようと2輪車置き場へ行くと、ヨージがニヤニヤしながらこちらを見ているではないか。その脇には見慣れないバイクが!?「(オユタ)これはZXR250じゃないか。いつの間に買ったの?」「(ヨージ)これでついにバンディット250も撃沈っス。それどころか、GTEC峠最速の伝説が始まるっス。」「(オユタ)会社で昇進したからっていい気になりおって〜。あさってのワインディングでその実力とやらを見せてもらおうか!」 実際のところ、ヨージは2輪を操る楽しみにハマっており、パワーを使い切れる250ccがスキルアップにも最適と判断した。これまでCBR250、ニンジャ250、バリオス�U、つまり250ccの単気筒、2気筒、4気筒モデルをレンタルして乗ってみたところ、エンジン特性として最も楽しかったのがバリオス�U(4気筒)だった。そして、中古でお手頃な価格の1995年型ZXR250(黒)を発見し、即購入となったのだが…。カウルは修復の上から全塗装されており、まるでつや消しブラック!裏側を覗くと、元々は赤色のカウルだったことが分かる。ゴムや樹脂部品の劣化も進んでおり、まあ、価格相応といったところか。ETCは新品を装着済みだ。「(ヨージ)見た目なんてどうでもいいっス。男は中身で勝負っス!」ちなみにXV1600Aは売却していないので、現在は2台体制ということになる。都会の1人暮らしとしてはちょっと贅沢? 13時40分、酒々井PA着。まだカッキーは到着していないようだ。しかし、待ち合わせ時間の14時になっても姿を見せない。14時15分、渋滞にハマった挙句、道を間違えたカッキーがニューマシンZX-10Rに乗って登場。「(カッキー)申し訳ありませ〜ん!」これでメンバーが全員揃った。
カッキーのZX-10Rは当然のごとくETC装着済み。カンちゃんも(ようやく)装置を購入しており、今回の参加メンバーの中で、通行券が必要なのはヒロだけとなった。 佐原香取ICで高速を降り、県道55号線→県道44号線→R356→県道254号線というルートで銚子市へ。16時15分、一部メンバーにとっては「グレートツーリング '95 in 千葉茨城」以来の犬吠埼着。 犬吠埼は、なんと言っても120年以上の歴史がある煉瓦造灯台が有名だ。天気が良く、青空の下に白亜の灯台が映える。犬吠埼からの景色も美しかったが、結局今日は通過地点も含めて、ついに1日中気温は大して上がらず、各自厚着のままだった。
確かに展望台からは、北は鹿島灘から筑波山、東南は太平洋、西は屏風ケ浦から九十九里浜を一望できるものの、それには展望台の中央にある、一段と高いお立ち台に立つ必要がある。しかし観光客が多い為、至難の業だ。お立ち台の周囲では、それ自体が邪魔になり、視野が限定されてしまう。果たして地球が丸いと実感できたかについては微妙であったが、景色は抜群だった。
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| 5月4日(土) | 天気:晴れ | |||||||
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8時出発。相変わらず寒いが、天気は文句なしだ。 R124を北上。カンちゃんが鹿島臨海工業地帯の工場群の写真を撮りたいというので、鹿島港に面した港公園に寄った。 港公園には、鹿島港を一望することができる高さ52mの、まるでUFOのような奇抜な形をした展望タワーがある。150円払ってエレベーターへ。この展望台、屋外に出ることができ、もちろん手すりといった安全対策は施されているものの、なかなかスリルがあって、高所恐怖症のヨージが「やばいっス!これは滅茶苦茶やばいっス!」と言って動けなかったくらいお奨めだ。これほどカンちゃんの希望を見事に叶えることができる場所が、小高い丘すらないこの一帯であるだろうか?否!
ヒデ以外のメンバーは、東海第二原子力発電所の南でR245に入り、北上。12時半頃に久慈町のすき屋で昼食。 その後も断続的な渋滞でなかなか思うように進まない。ようやく福島県に入っていわき市でR286に曲がり、14時15分にコンビニで休憩。当初の計画ではこの後、R289→R121を走って会津若松市を目指し、途中で「座頭ころばし展望台」「塔のへつり」「大内宿」「鶴ヶ城(若松城)」に立ち寄る予定だった。全て一般道で、残りが150km位もある。この時間にまだここにいるということは、どう考えても会津若松駅近くにある本日の宿「東横INN」に着くのは暗くなってしまう。体力的にも既に厳しい。ここまでの行程が予想外に時間を要してしまったのだ。協議の結果、いわき勿来ICから会津若松ICまで高速道路を利用することになった。走行距離はやはり150km程だが、2時間も掛からない筈だ。 さて、コンビニの駐車場でヒロは、変更となったこの後の行程を確認しようと、持参した地図をタンクバッグから取り出した。何しろただ1人ETCを装備していない為、入り口でもたついていると、他のメンバーとはぐれてしまう可能性があるのだ。しかし、彼が手にしたのは九州の地図だった…。どうやらおととしの「グレートツーリング '11 in 四国 & 九州」以来入りっぱなしになっていたようだ。今までは、とりあえず前のバイクのテールランプを眺めながら走れば目的地までたどり着けていたので、過去のツーリングにおいても地図なんて見たことはほとんどなかったのだ。しかし、ついにこのいいかげんさが、2日後に悲劇を生むことになるのである。
会津若松ICで高速を降り、R118を南下して鶴ヶ城に16時40分着。何とか城を見学することはできた。見学と言っても、資料館となっている天守閣の内部まで入っている時間はないので、外から眺めるのに留めた。天守閣は1868年(慶応4年)の会津戦争で損傷し、1873年(明治6年)に解体されており、現在見ることができるのは、1965年(昭和40年)に再建された、鉄筋コンクリート造りのものだ。
時間は11時20分まで遡る。ヒデは他のメンバーと別れた後、R245を北上するものの、交通量が多くてペースが上がらず、JRひたちたが駅北側からR6に出た。この国道は信号がほとんどなく、まるで高速道路のように快調に進んで行くことができた。いわき市のラーメン屋で遅めの昼食&休息。魚介だしのパンチの効いたとんこつラーメンで大いに満足! 13時50分にラーメン屋を出発し、常磐バイパスを更に更に北上〜!やがて対向車とほとんどすれ違うこともなくなった。その代わり目に付くようになったのは、警戒用の警察車両とオレンジ回転灯付きの自治体巡回車だ。道路周辺の家には車が停まっていて人の気配はするのだが、出歩いている人を全く見掛けない。そして、この季節なのに田起こしもしていない田んぼに黒い大きな袋が整然と並ぶ光景が広がる。ここは福島第一原子力発電所の事故による警戒区域の真っ只中。立ち入り禁止区域近くまでやって来たのだ。 ヒデは技術者としての戒めとして、どうしても現状をこの目に焼き付けておきたかった。彼自身、仕事において「計算上は大丈夫です!」と強気になって推進することが多々あるが、本災害では、過ぎたるは及ばざるが如し、という意味を強く印象付けさせられた。TVやらネットで聞き及んではいるが、2年経った現状を、実際に目に焼き付けることで我が身を引き締めようというのだ。 14時30分、まずは福島第二原子力発電所の南側、波倉地区の仮置場脇にバイクを停めて、徒歩にて海岸まで歩く。仮置場の内側にも黒い袋が山積みになっているが、こちらは田んぼに整列していたものとは異なり、比較的濃度の高い汚染物のようだ。 海岸線まで出ると、津波によって破壊された堤防や、半壊状態のままの民家が生々しく残されていた。断崖には、津波が達したであろう跡がかなり高い位置に刻まれており、こんな場所にいたらひとたまりもなかったであろうと思い知らされた。そして堤防の向こう側には、第二原発が間近に見えた。周辺に人影はない。
続いて、予め調べておいた福島第一原子力発電所が見える場所へと移動するべく、県道35号線を走って坂下ダムへ。この辺りは4月1日より新たに特別警戒地区から解除されたばかりのワインディングロードなのだが、所々で路面に大きな穴が開いている。中には1車線分陥没している所も!これでは怖くて攻めることなんてできやしない。道路沿いにあったコンビニは当然閉鎖状態。3月12、13日セールの看板が当時のまま残っていた。 ダムに到着すると、通れる筈のダム上の歩道がチェーン錠で封鎖してあった。また周辺道路も木が高く、視界を遮っていて、原発は見えない。近くに管理事務所があったので聞いてみると、現在は閉鎖しているので立ち入りはできないとのこと…。この時点で15時を過ぎていた為、無念ではあるが、諦めて宿へ向かうことにする。 県道35号線の先は特別警戒地区に当たるので引き返し、県道36号線へ。滝川ダム手前の最初のトンネルを抜けて何気に右手を見ると、遥か彼方に第一原発が確認できた。時刻は15時45分、望遠レンズで撮影成功!こんなに離れないと目視することもできないとは…。2年が経過しても、ここまで影響が大きいのかと痛感した。
夕食は地元の料理や酒がウリの居酒屋をと探したものの、さすがにゴールデンウィーク中とあってどこも満席…。会津若松駅近くにある中華料理店「黄鶴楼」を覗いたら、たまたま席が空いたので、ここで食べた。ところがこのお店、料理はどれもボリュームがあって、お味もそこそこ。何より酒も含めて料金が安い。「食べたぁ〜、飲んだぁ〜、ごちそうさまぁ〜。」で1人あたり2千円!勘定間違えているのでは!?と疑ってしまった程だ。メンバー超お奨めの店である。 満腹ではあるが、店を出ると不思議なもので、まだ飲み足りないと感じてしまう。そこで、全国チェーンの居酒屋で2次会となった。酒豪のヨージがいる為、2次会飲み放題コースをチョイス。これは正解だった。充分元は取ったのではなかろうか。それでもホテルへ向かう途中に「(ヨージ)まだ飲み足りないっス!」とコンビニでアルコールを購入。恐ろしい奴である。 本日の走行距離:314km(ただしヒデは381km) | ||||||||
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| 5月5日(日) | 天気:晴れ | |||||||
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今日は今回のツーリングにおけるメインイベントの日である。磐梯山ゴールドラインから始まり、磐梯吾妻レークライン、磐梯吾妻スカイラインという3つの有料道路を走破し、更に山形県米沢市から県道2号線(米沢猪苗代線)を南下、再び磐梯山ゴールドラインを北側から走るという、ワインディングでお腹一杯になろうという日だ。 幸い天気にも恵まれ、8時に各自気合を入れて出発した。会津若松に泊まったのは、磐梯山ゴールドラインへのアクセスに便利というのが理由なので、県道64号線を北上すると、程なく同有料道路の入り口に到達。しかし料金所は止まらずにスルーした。実は今日走る有料道路は全て無料開放中なのだ。 いよいよワインディングの始まり…なのだが、ウメのK1300Sに装備されている外気温計の表示は5℃!標高が高くなるにつれて道路の両側はたっぷりと残雪が…。(K1300Sの)グリップヒーター大活躍である。 まだ時間帯が早いせいか、交通量は少なく、寒さをこらえながらも攻め続け、あっという間に磐梯吾妻レークラインへ。途中、桧原湖、小野川湖、秋元湖を見下ろすことのできる三湖パラダイスで写真を撮影。じっとしていると寒いので、とにかく先へと進む。
東栗子トンネルを抜け、山形県に突入。ドライブインで米沢牛を使用した牛丼やラーメンを喰らった。 12時20分にドライブイン出発。米沢市街地には入らず、水窪ダム沿いの県道276号線を走って県道2号線にアクセスし、南下した。このルートの目玉は白布峠である。これでもかというくらいにヘアピンカーブが連続する「東鉢山七曲り」が有名な、今日これまで走ってきた有料道路(無料開放中だが)にも負けず劣らずの整備された道だ。そして最も難易度が高く、攻略し甲斐があった。東鉢山七曲りの途中にある展望台で休憩し、裏磐梯の絶景にしばし見入った。時刻は13時。この時間になると、そこそこ気温は上昇し、寒さは和らいでいた。
さて、今日はここまでワインディングを堪能したわけだが、ほとんどの区間が追い越しOKだった為、メンバーによっては前を走るクルマだろうがバイクだろうが片っ端からパスし、ガンガン進むことができた。もちろん無茶はせず、各自の安全マージンを確保したペースで走った。しかし、ウメ、カッキーに続いたヒデは思った。「(ヒデ)オレ的にはこれ以上ペースを上げるのは危険なのだが…、なんで250ccのオユタがピッタリ付いてくるんだ〜っ!?」 各休憩ポイントでは、オユタが着いてから5番手のヨージがやって来るまで、毎回結構な差が開いていた。「(オユタ)もうちょっと歯ごたえがあるかと思っていたけどね〜。ま、納車後半月も経っていないんでしょ?乗りなれていないってことにしておいてやるYO。」オユタは思った。(なんてやさしいんだ。オレって大人じゃ〜ん。)「(ヨージ)何言ってるんスか!?こんなに景色のいい道で、いい大人が目を三角にして走るなんて超もったいないっス!ゆとり、ゆとりが大切っスよ!」「(オユタ)なんだとぉ〜っ!?くう〜、何か妙にむかつくが、返す言葉もないな〜…。」こうして意外な形で(?)オユタとヨージのバトルは終わった。確かに、例えば磐梯吾妻スカイラインは、かの井上靖が命名した「吾妻八景」の景勝地を走り、日本の道百選にも選ばれた景色が延々と展開されるのだが、先頭グループを走ったメンバーは走行中、景色などほとんど目に入っていなかった…。 ヨージの直後はヒロがまったりと走り、更にその遥か後方にカンちゃんが続いた。カンちゃんも昔はワインディングを果敢に攻めたものだが、年々慎重になっていった。今回も要所要所で他の6台が彼を待つ際は、かなり経っても来ないので、道を間違えたのではないかと心配になったことが度々あった。バイクの楽しみ方は千差万別。経験を積むことによって自分のツーリングスタイル(悟り)を極めていくのである。 14時10分に山湖台を出発し、県道64号線を南下。途中で給油して磐梯河東ICから磐越自動車道に乗って新潟方面へ向かう。ほとんどの区間が対面通行なので、基本的にはクルマの流れに従って走った。(IC付近で一時的に現れる追い越し車線で、できる限り前に出るのである。) 阿賀野川SAで休憩。ここから先は新潟中央ICで高速を降り、海岸線のR402を南下して、弥彦温泉にある本日の宿「彩食亭」に向かう予定だが、ワインディング三昧で腰が痛いというヒデは、北陸自動車道三条燕ICまで高速を利用して、一刻も早くチェックインすることになった。 サービスエリアで休憩中、ヨージのZXR250のマフラーに、緑色の液体が付着しているのが見付かった。どう見てもクーラント液だ。確認すると、リザーバータンクのキャップに、本来付いている筈のゴムパッキンがなかった…。どうもこの中古バイクには、色々と秘密がありそうである。「(ヨージ)エヘヘ。ゴム付けていなかったから、液が掛かっちゃったっス。」 16時にSAを出発し、新潟中央JCTでヒデと別れた一行は、予定通りに新潟中央ICで高速を降りた。ところが、カッキーがETCゲートを通過しようとしたところ、バーが上がらず、電光掲示板にETC読み取りエラーと表示された。停止すると、何やらスピーカーから指示を受けた。ヘルメットごしなのでよく聞こえないが、とにかくここにいたら危ないので、バーの間を抜けて一旦外へ出ると、左端にバイクを停めた。やって来た係員にETCカードを渡して処理してもらうことはできたが、車載機のインジケーターの表示は終始グリーンだったのに、なぜエラーになってしまったのか…。今後の高速走行に不安を残すこととなってしまった。
温泉で疲れを癒し、夕食時にビールを飲んだものの、「(ヨージ)全く飲み足りないっス!」とコンビニで大量のアルコールを購入し、部屋で宴会となった。メンバーの1人、また1人と酔い潰れていく中、相変わらずヨージはハイペース。宿の自販機にも手を出していた。彼が酒豪と呼ばれる秘密は、飲んだアルコールを瞬時に分解し、熱に変えて体外へ放出している為と思われる。その特異体質故、彼の周囲には常に蒸気が沸き立ち、真冬の寒空だろうがTシャツ1枚で平気なのだ。(今回のツーリングでも終始革ジャンの下にTシャツ1枚だけだった…。) 酔いが最高潮に達すると、暑さのあまり、パンツ1枚になってフローリングの上に横たわり、強制冷却モードに入る。この日も、夜中に部屋への上がり口のフローリングで裸になって寝ているヨージをカッキーが発見し、布団へ移動させるのに苦労した。「(カッキー)なんて奴だ!触れない程熱い〜っ!」(一部脚色が入っていますが、大枠は本当です!) 本日の走行距離:363km(一部別ルートだったヒデも全く同じ距離だった!) | ||||||||
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| 5月6日(月) | 天気:晴れ | |||||||
朝、出発準備をしていると、ヒデのバイクの後輪に金属片が突き刺さっているのを発見!ヤバイ!? 恐る恐る引き抜くと、結構大きかったものの、空気漏れはしていないようだった。
当初の計画では、弥彦山スカイラインを走った後、再び海岸線を南下するというものだったが、スマートフォンで確認したところ、同スカイラインは2輪車通行禁止ということが発覚!残念ではあるが、昨日と逆コースでR402まで戻った。 給油時間も入れて40分程で寺泊みなと公園着。ここで関東組(カッキー、ヨージ)との解散式が厳粛に執り行われた。
米山ICにて、ヒロはいつも通り通行券をゲットする為に、一般用ゲートへ入った。その間、他のメンバーは次々とETCゲートを通過していく。ヒロが素早く通行券をタンクバッグに押し入れたおかげで、ETC組最後尾のオユタがゲートインするのとほぼ同時に進入することができた。オユタとヒロはアイコンタクトによって、どちらが先に行くか瞬間的に協議を行い、ヒロが先に行くことになった。しかしこの間に、他のメンバーは視界から消えていた。ゲートに入った直後、本線への進入路は左方向のブラインドコーナーとなっているのだ。ヒロがコーナーを抜けると、突然それは現れた!「新潟」「富山」と書かれた分岐点である。何の心の準備もなく、彼は重大な選択を迫られることになったのだ! ヒロは後にこう語っている。「ええ、あの時は何かこう…、そう、自分の本能に従ったのです。結果的に間違った選択をしてしまいましたが、後悔はしていません。なぜなら、自分が現在どの辺りを走っていたのかなんて、ぜ〜んぜん分かりませんでしたから〜。HAHAHAHA!」 オユタもまたルートは他人任せだった為、ヒロに続いて新潟方面へ向かったのだった。(正解は富山方面である。) 他の3人は休憩した大潟PAで、オユタとヒロがいくら待っても来ないので、どうせ入る方向を間違えたのだろうと結論付けていた。案の定、刈羽PAからヒロがウメへ電話をかけて来た。ここ(大潟PA)で待ってもいいが、どうせ暇を潰すならサービスエリアの方にしようということで、上信越自動車道の妙高SAで合流することにして、3人は先に進んだ。 さて、カッキーのETC不調に引き続き、オユタのETCもいよいよヤバくなっていた。“いよいよ”というのは、これまでにもたびたび走行中にETC車載機のインジケーターがエラー(赤)表示となることがあったのだ。どうやらカードの接触不良らしく、アンテナ一体式故、走行中にカバーの上から直接手で押さえつければOKとなったので、だましだまし乗ってきたのだが、西山IC出口のETCゲートに入る直前はOK表示だったのに、いざ進入したら、ゲートが開かない!係員にETCカードを渡すと、そもそも米山ICで乗った記録すらなかった。手動処理による支払いで割引適用にはなったものの、次に高速へ乗る際は、危ないから一般ゲートで通行券を取るように言われた。出口にて今回のように事情を説明すればよろしいらしい。しかし、これではETCのメリットが台無しである。 そして、高速道路を一旦出てUターンしたオユタとヒロは、12時15分に妙高SA着。約30分間待ちぼうけていた先行の3人と合流した。ここで昼食タイム。
一方、カッキー先頭の関東組の2人は、他のメンバーと格好良く別れたのはいいのだが、実は曲がった交差点が1本早く、閑静な住宅地をツーリングするというオプショナルコースを走った後、中之島見附ICで高速に乗って、長岡JCTから関越自動車を南下した。予想通り交通量が多く、埼玉県に入ったら渋滞がひどくなり、ガンガンすり抜けて進んだ。自宅に着いたのは、カッキーが15時30分、ヨージは16時30分だった。 ちなみにカッキーが高速道路を降りる際、不安が的中し、またETCゲートで昨日と同じエラーになった。後日、ZX-10Rを購入したバイク屋で診てもらったら、単純にアンテナの設置位置が悪くて通信がうまくいっていなかっただけのことだった。つ〜か、インストールしたのは同じバイク屋である。ひどいぢゃないか!普通ちゃんと反応するか確認するでしょ〜に!そりゃ〜前のバイクからの移植をサービスでやってくれたから大きな声で文句は言えないが…。もちろん無償でアンテナ位置は変更してもらった。 本日の走行距離:長野自動車道安曇野ICまで236km/長野自動車道塩尻北ICまで252km/303km(カッキー)/341km(ヨージ) |
| グレートツーリング '13 in 北海道 |
| メンバー(マシン) | ウメ(K1300S) |
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ここ数年のGTECのグレートツーリングは、ツーリング制覇マップの中で走ったことのない道を埋めるのが主な目的になっている。もちろん、全ての道を制覇するなんてほとんど不可能なので、まずは北海道から沖縄本島の海岸線を埋め尽くそうと企てている。ただし、主要道以外の細い道までをも条件とすると大変である。そこで、先述の制覇マップ(1/180万という大雑把な日本地図)で見て、“それっぽく”見えればよしとしている。 これまでに、九州、四国、沖縄本島は“ほぼ達成”と認定されている。本州もパッと見にはイケている。しかし、北海道は下記エリアが地図上で明らかに抜けていた。 ・釧路から東のR44とR244(根室半島を含む) ・小樽から北のR231 ・襟裳岬から北のR336(一部区間) ・函館から東のR278 しかし、ゴールデンウィークにこれらを走ることは、かなり難易度が高い。今年の「グレートツーリング '13 in 福島」の期間中には、帯広で雪が降っていたし、「グレートツーリング '06 in 北海道 & 東北」における小樽以南の寒かったこと!函館エリアなら年によっては暖かいかも知れないが、それ以外は修行の世界である。 となると行くなら夏しかないものの、ソロツーリングは制覇マップに含めないルールの上、各メンバーとも各々の会社でそれなりのポジションとなっている現在では、休みを気軽に取得することは困難だ。家庭の事情ってのもある。実際問題として、夏に複数のメンバーで北海道ツーリングを決行するのは、事実上不可能と言っていい。 そこで、“ツーリング実行委員会”で時代に合わせてルールを緩和し、「事前にメンバーへ告知すること」「1泊以上のツーリングであること」「ツーリング実施後、速やかに詳細なレポートを作成すること」を条件に、ソロツーリングでも制覇マップに含めることになった。 そんな中、7月にウメが永年勤続表彰の特別休暇を利用して、北海道へのソロツーリングを決行することになったのである。これは最初で最後のチャンスと言っても過言ではない! |
| 7月11日(木) | 天気:曇り一時雨 | ||||||||||
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まず、今回のツーリングはメンバーが1人だけなので、レポートは1人称で記載させていただく。 最初は、できることなら北海道の海岸線未制覇エリアを一気に潰してしまおうかと考えたが、お家の事情等により、8泊9日のスケジュールが限界なので、函館エリアだけは諦めた。函館ならゴールデンウィークに本州最北端の大間から渡って攻略することもできるだろうし、今後のグレートツーリングの楽しみとしておこうではないか。 5時40分に安曇野市にある自宅を出発し、安曇野ICから長野自動車道に乗って北上。天気は曇り、気温は22℃でちょうどいい。(以降、“気温”とはK1300Sに装備されている外気温計における数値である。) 長野自動車道→上信越自動車道→北陸自動車道を走り、7時20分に米山SAで休憩。ここで朝食とした。平日で通勤時間帯にもまだ早いからか、ここまで道はガラガラだった。後は新潟港のフェリーターミナル付近まで一気に行けるだろう。 今回は1人旅だから、他のメンバーを気遣う必要がなく、ひたすら自分のペースで走ることができる。バイクの性能に物言わせて存分にアクセルを開けることも可能なのだが、その点についてはできる限り自重しなくてはなるまい。 長岡JCTを過ぎた辺りで、進行方向に帯状のどす黒い雲が…。案の定、ポツリ、ポツリと降り始めた。カッパは着ていないものの、少し先には青空も見えていることから、加速してしまえばほんの短時間濡れるだけで済むと思われた。 ところが!ちょうどトラックの車列に追いついた為、追い越し車線に出ようとしたところ、前の大型トラックに一足早く車線変更されてしまい、前を塞がれた形となった。しかも、80km/h位でトロトロ抜いていく。その間に雨はスコールのように激しくなっていた。トラックの水しぶきのダブルパンチに「早くどいてくれ〜っ!」と叫ぶもどうにもならず、前がクリアになった瞬間、雨はピタリと止んだのであった。トホホ…。幸い、衣服の濡れは上半身、つまりライダージャケットだけで済んだので、防水性能のおかげでほとんど被害はなかった。 新潟中央JCTから日本海東北自動車道に入り、亀田早通ICで高速を降りると、R49→R7→R113と進み、途中コンビニに寄ってフェリーの中で食べる昼食や、暇つぶしの為の雑誌等を購入した後、9時10分にフェリーターミナル着。気温は28℃まで上昇していた。 10時30分、新日本海フェリー「ゆうかり」は新潟港を出航。団体客が多く、船内は混雑していた。バイクもたくさん積み込まれており、その多くがBMWやドカティ、ハーレーといった高額な外車で、乗っているのは40代〜60代位のライダー達だった。この時期に北海道へツーリングに行けるのは、有休を取得した会社員や定年退職した人がメインと思われ、そこそこ経済力があるということなのだろう。
本日の走行距離:長野自動車道安曇野ICから267km | |||||||||||
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| 7月12日(金) | 天気:晴れ時々曇り | ||||||||||
フェリーは定刻通り小樽港に入港した。バイクはクルマに続いて最後の下船となり、4時50分に北海道上陸!天気は良好。気温は19℃で涼しい。
ゲートは閉まっていた。それもそのはず。営業時間は8時30分からなのだ。このゲートで入場料500円を払って展望台の駐車場まで移動するシステムになっている。しかし、車両は入れないものの、徒歩なら容易に進入できる状態。ここは北海道農業試験場の一部を観光用に開放した、広大な牧草地を有する敷地の中にある。ゲートから展望台までの道をジョギングや散歩している人が結構いるので、徒歩なら進入しても問題なさそうだ。よって、ゲート近くにバイクを置いて、徒歩にて展望台へ向かった。距離にして約800m。体をほぐすにはいい運動になった。 羊ヶ丘展望台からは、牧草地越しに札幌ドームや市街地を眺めることができたが、この景色をちょっと見る為だけに500円はちと高いか。敷地内には資料館やレストラン、足湯が楽しめる施設等があるので、営業時間内に訪れたのであれば、ゆっくりと散策するのがよろしかろう。「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」で有名なクラーク博士の像と一緒に記念撮影して出発。
大谷地ICで道央自動車道に乗り、札幌JCTから旭川方面に入って北上する。 上陸後すぐに寄ったコンビニに駐車していた地元のクルマのバンパーには、虫がビッシリと貼り付いていたので嫌な予感はしていたのが、案の定、少し走っただけで蚊程の小さな虫から、コツン!カツン!と甲虫までヒットしまくった。おかげでヘルメットのバイザーはすぐに汚れてしまい、休憩の度にバイザーを拭き拭きするのであった。後で地元の人に聞いた話だと、今年は様々な虫が異常発生しているのだと。 7時30分に野幌PA着。ここで休憩&朝食タイムとした。 奈井江砂川ICで高速を降りて東へ進むと、すぐに道道115号線に出た。この道と道道70号線を走り、美瑛に西側から進入する予定である。すると、山間部の入り口でゲートが閉まっているではないか!? 土砂崩れで通行止めとある。解除予定は未定だと…。
少し引き返し、道道114号線に入って北東へ進み、JR根室本線沿いを走るR38で道道70号線入り口まで復帰した。ガラガラの快適路だったので、大して時間はロスしなかった。そもそも、先程降りた奈井江砂川ICからこのルートを使っても、(道道115号線経由と)距離はほとんど変わらなかったようだ。 道道70号線に入ると、しばらくはセンターラインのある快適な道が続いた。この先はワインディングが楽しめるハズ…と思った矢先、舗装路はパッタリと切れ、砂利道が姿を現した。境目の標識には「この先砂利道区間11kmあり」と書かれている。ここまでの快適路が夢のようなこのギャップはなんだ!? まあ、天気もいいことだし、慎重に走ればどうってことないでしょう…、と楽観的に考えて先へと進むことにした。
結局1台もクルマに出くわさず未舗装区間を走破し、やはり突然現れた快適な舗装路を少し進むと、目の前に美しい美瑛の景色が広がった。苦労した分、感動もひとしおというものだ。 実は土砂崩れで走ることができなかった道道115号線も(道道70号線と)同じような道なのだそうだ。(通行止めでよかった〜!) 美瑛では、マイルドセブンの丘とか、拓真館等のメジャーな観光地は過去のツーリングや旅行で網羅しているので、適当に走って景色のいい場所を見付けては、しばし眺めていた。ソロツーリングならではの楽しみ方であろう。
まず寄ったのが、上富良野駅東側の丘陵地にある「日の出公園」。小高い丘の頂上に展望台があり、その斜面にラベンダーが植えられている。満開なら一面紫の絨毯となって、それはもうきれいなハズ…なのだが、先程のかんのファームよりも色が薄い。何やら立て札があり、「展望台付近のラベンダーが古株・枯株になったため、6月上旬全面植替えを行いました。本来の美しいラベンダーは来年以降になります。」とある。 もはや意地になってラベンダー探しの旅を続ける!更に南下して、「ファーム富田ラベンダーイースト」へ寄った。ここは有名な「ファーム富田」の東約4kmに位置する、日本最大規模のラベンダー畑である。元々は生産用の畑だったのを、あまりにもきれいな景色だからということで、2008年に“ラベンダーイースト”としてオープンしたのだ。本家ファーム富田は2度行ったことがあるが、ここは初めて訪れる。 そして、ようやくお望みのラベンダー畑の光景を見ることができた。視覚で紫色を満喫し、ラベンダーソフトクリームで糖分補給もして、12時に出発。この頃になると気温は28℃まで上昇していた。
登山軒は予めガイドブックで調べておいたラーメン屋で、創業は1930年と古く、スタンダードな旭川ラーメンを味わうことができるそうだ。平日で昼食時間帯も過ぎているからか、他に客はいなかった。肝心の旭川ラーメンは…、魚介ダシのスープが私には濃いというか、しょっぱくて、(スープを)だいぶ残してしまった。総合的な味は、まあまあと言っておこう。 層雲峡は何度か来ているので、R39沿いにある「流星の滝」「銀河の滝」をちょっとだけ見て先に進む。 さて、実はここからが上陸初日のメインディッシュ。それは、旧国鉄士幌線のコンクリート橋梁(きょうりょう)群を見学することだ。士幌線とは、帯広駅から十勝平野を北上して士幌町の十勝三股駅まで至る約80kmの路線で、1987年に廃止された。糠平湖周辺はレールの撤去が遅れたこともあり、数多くの橋梁が残っている。何と言っても一番有名なのは「タウシュベツ橋梁」なのだが、安全の為、一般人が許可なく近くで見ることはできない。そこで、糠平湖畔にある本日の宿「東大雪ぬかびらユースホステル」が催す見学イベントに、明日の朝参加する予定である。 層雲峡からはR39をクルマの流れに従って走っていた。巡航速度は80km/hだったので、快適だった。大雪湖でR39からR273に右折すると、前はクリアになったのだが、引き続き無難に(?)80km/hで走行することにした。ところが、R273に入ってすぐの直線でふと右を見ると、先程まで後ろを走っていたヴェルファイアが、対向車線側に出て私を抜きに掛かっているではないか!? 80km/hでも遅過ぎるということなのか!? だからどうだと言うのだ。自分のペースを維持して走ればいいのだ。ここは黙って抜かさせてあげよう…、という気持ちとは裏腹に、右手は勝手にアクセルを開けていた。結果、一瞬にしてヴェルファイアは対向車線にポツンと取り残されたまま点になったのである。 ここから先は三国峠。北海道の国道の中で最も標高の高い峠だ。適度なワインディングが続き、おかげさまで気持ちよく飛ばしてしまった。あまりにも楽しかったので、立ち寄る予定だった大樹海を見下ろす展望台を通り過ぎてしまった程だ(トンネルを出たすぐの場所にあったので、気付いたら通り過ぎてしまい、まあいいかとそのまま進んだ)。15時20分に最初の目的地、「十三の沢橋梁」付近に到着。 R273はほぼ士幌線跡に沿っている為、各橋梁の近くには、橋梁の名称で駐車エリアが設けてある。下調べはこのレベルまでで、てっきりすぐ近くに橋梁が見えるものだと思っていた。しかし、バイクを停めて辺りを見回すも、十三の沢橋梁がどこにあるのかの案内がない。少なくとも、かつて線路があった方向は分かるので、そちらに向かっている林道を徒歩で進んだ。 うっそうとした森の中をしばらく歩くと、突然笹の中からガサガサッ!という音が聞こえ、ビビッているとキツネが姿を現した。目が合うなりキツネは退散。更に進むと、道端に真新しい大きな糞が落ちていた。そして、近くの蕗(ふき)が薙ぎ倒されている。これは疑いようがなくヒグマの痕跡だ。ヒグマは笹や蕗を好んで食べるのだ。この時、背筋が寒くなった。先程のキツネがもしもヒグマだったら!? 熊と突然出くわした場合、襲われる可能性が極めて大きい。こんな誰もいない森の中で、重症でも負ったら最期だ。ここは橋梁を諦め、とっとと退散することにした。(後日調べたところ、十三の沢橋梁は更に先に進んで林道から外れた場所にあったので、どの道発見できなかったであろう。) お次は5km程先の旧幌加駅を目指す。とりあえず100km/hで巡航していると、今度は後ろからエスティマがグングン接近してくる。いったいこの道は何キロで走るのが“普通”なのだ?更にペースを上げようとしたら、幌加駅跡駐車場に着いてしまった。どうやら北海道ではエリアごとに地元民の巡航速度は異なるようで、以後、それに合わせて走るようにした。 駐車場には除雪ステーションが設けられており、周辺は整備されていた。案内図もあって、幌加駅跡と、すぐ近くの「第五音更川橋梁」の場所も記載してある。まず第五音更川橋梁を見た。国道の橋から目の前に全体像を眺めることができる。橋の袂まで行ってみると、柵があって橋の上には入れないようになっていた。橋から幌加駅までは線路(レールは撤去されている)の跡を歩いた。まるで森のトンネルのような道となっていて、気持ちいい反面、駐車場も含めて誰も人がいないので、熊が出たらとビクビクしていた。
16時30分、「東大雪ぬかびらユースホステル」に着いた。チェックインした後、歩いて近くにある「糠平川橋梁」を見て、コンクリート橋梁群の見学を締めくくった。
本日の走行距離:408km | |||||||||||
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| 7月13日(土) | 天気:晴れ時々曇り | ||||||||||
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6時。ユースホステルのワンボックスカーでタウシュベツ橋梁見学ツアーに出発。R273を北上する。(昨日走って来た道だ。) ガイドはオーナーのご主人で、他にKTMのライダーと子連れの家族が1組だった。 タウシュベツ橋梁は、糠平湖内に位置するコンクリート製のアーチ橋だ。糠平湖はダム建設によってできた人造湖なので、季節や発電状況によって水位が変化する為、橋梁全体が水の下に沈んでしまう時期がある。よって、“幻の橋”とも呼ばれている。橋が完全に姿を現すのは冬場で、夏に向かって水位は上昇する。この時期は、運が悪いとほとんど水に浸かっている状態なのだそうだ。そのような過酷な環境に晒されていることから劣化が進み、まるで古代ローマの水道橋遺跡を思わせる姿となっている。 糠平湖の北側から林道に入り、間もなく現れたゲートを(許可車なので)開錠して入り、悪路を4km程進むと、見学場所へのアプローチに着いた。ここからは歩きだ。ゲートから徒歩で歩いて来ることも(根性があれば)可能だが、熊に出遭う可能性が高く、非常に危険とのことである。 急斜面を下ると、目の前にタウシュベツ橋梁が姿を現した。幸い今年は原発停止の影響で、発電用に水をたくさん使用しているからか、水位は低かった。予想以上に橋脚部分が露出していて、青空の下、実に絵になる風景ではないか!しかし、劣化はだいぶ進んでおり、もう数年したら、崩れ去ってしまうかも知れない。少なくとも、毎年形状は変化していると思われ、“今”を目に焼き付けた。
愛国駅の駅舎は「愛国交通記念館」として整備されていて、中には当時使用していた鉄道機器等が展示されている。また、駅構内は営業当時の状態で保存されており、プラットホーム横には9600形蒸気機関車19671号(でかぐろ)が展示されている。展示車両も含め、敷地内はきれいに手入れが行き届いており、なかなか居心地がよかったが、かつての人気スポットも、他に見学者はゼロだった…。
幸福駅も愛国駅と同様、駅舎とホーム、キハ22形気動車の展示車両が残されている。ここは訪れている人が多く、バイクも数台停まっていた。これが全てBMWときたもんだ。売店で本日の日付が押された記念切符のレプリカ型キーホルダーを購入して出発。
大樹町の歴舟川の手前で、予め調べておいた“もの”を見る為に右折し、道路の突き当たり、旭浜海岸近くでバイクを停めた。そして、それはすぐ近くにあった。 2008年9月のことだ。町有林の伐採作業中、土に埋もれたコンクリートの建造物が発見された。それがこれ、旧日本軍がアメリカ軍の本土上陸に備えて設置したトーチカ跡である。長年の間土に埋もれていた為、保存状態が良く、歴史的に価値のある戦争遺跡として後世に残すべく、大樹町でトーチカ周辺を整備、保存しているのである。 高さ3.5m、周囲26m、コンクリートの厚さは最大1.8m、北と東向きに銃眼穴がある。確かに保存状態は良好だが、入り口は施錠されていて、残念ながら内部を見学することはできなかった。
この道は前述の通り袋小路なので、交通量は皆無。道の両脇には畑が広がっており、利用するのは農家だけと思われる。それなのに、いざという時、飛行場にでもするのだろうか?という位、センターラインのある道幅が広い道で、直線が4km程も続く。周辺にはこのような道路がたくさんあり、いくらなんでも税金の無駄使いなのではと、200km/hオーバーで走りながら考えていた。こんな道でゆっくり走れというのが無理な話だ。
厚内の道道1033号線経由でR38に入り、14時に白糠町の「食事処かねだい」で遅い昼食とした。一体最後に地に足をついたのはいつのことだったか、という位ここまで快調に走ることができた。 釧路市街地はスルーして、道道142号線を海沿いに走る。適度にコーナーのある快適路で、前後に他のクルマと全く遭遇することがなかった。15時45分に賤夫向(せきねっぷ)展望広場で最後の休憩。 展望広場から道路を渡って海側に歩くと、断崖絶壁の上まで行くことができる。そこに柵はなく、スリル満点!眺めは絶景!波の音と海鳥の鳴き声以外は耳に入ってこない。ここから本日宿泊予定の厚岸町の「ホテル五味」まではあと約28kmだ。ここまで順調に走って来たので、30分位ぼ〜っと海を眺めていた。
本日の走行距離:330km | |||||||||||
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| 7月14日(日) | 天気:曇り後晴れ | ||||||||||
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今日は一般道だけで約400km走る予定だ。本州でそんなことをしたら、どえらく時間が掛かり、ヘトヘトに疲れるだろうが、北海道なら無理なく可能なのだ。 7時30分出発。まずは残量が心もとなくなってきている燃料を補給するべく、ホテル近くのガソリンスタンドに行くと…、休みだった。それではと厚岸町内のいくつかのガソリンスタンドを廻っても全て休み!日曜日だからか?昨日給油してからホテルにチェックインすればよかった。カーナビによると、この先の道沿いに何軒かありそうなので、なんとかなるであろうと先に進んだ。 曇り空の下、道道123号線で厚岸大橋を渡り、海沿いに東へ走って霧多布湿原を目指す。すると、さすが地名にも使われるだけあって、徐々に霧が深くなり、10m先もよく見えない程視界が悪くなった。気温は14℃。薄着で出てきたのを後悔していた。 前方に注意しながら走り、8時に琵琶瀬展望台着。案の定、湿原は一体どこにあるのやらという位、霧で何も見えない。ただし、ここの展望台も含め、この先の霧多布岬や納沙布岬は、5年前の同じ時期に(マイカーにて)家族旅行で来たことがあり、当時は視界が良好だったからまあいいやと、白い景色を写真に収めて出発。 琵琶瀬展望台から12km程で霧多布岬駐車場に着き、歩道を岬まで歩いた。やはりここも霧で視界が悪いものの、エゾカンゾウが満開できれいだった。
道道142号線は行き交うクルマが少なく、適度なワインディングが続いて快適な道だった。霧は徐々に薄くなり、気温も20℃近くまで上昇し、走っていてちょうどいい。K1300Sは低速トルクが太いので、エンジンの回転数を抑えた低燃費走行を心掛けても、結構なペースで走ることができた。 JR根室本線落石駅の辺りで、ついに走行可能距離の表示はゼロになった。頼みの綱だったガソリンスタンドだが、1軒目は廃業で、ここにある2軒目は休み!そういえば、おとといの夜一緒だったライダーは、北海道でガス欠になってJAFを呼んだことがあると言っていた。JAFが来るまで数時間待たされたそうだ。その経験から、彼は非常用のガソリン缶を持参していて、自慢げに見せてくれたものだ。 結局、根室市街地に入り、走行可能距離の表示がゼロになってから20km位走って、ようやく営業中のガソリンスタンドにたどり着いたのであった。つまり、厚岸町からここまでのおよそ110kmの間、道沿いに営業中のガソリンスタンドが全くなかったことになる。K1300Sのタンク容量は19リットルで、前回給油してから340km走っていた。今回の給油量はギリギリまでねばって入れて17.5リットル。差し引き1.5リットルをどう捉えるか…。冷や汗をかいた割には「な〜んだ、あと30km位走れるじゃん。」か?いやいや、ガソリンスタンドの給油機のメーター誤差や、タンク容量に対する実際の充填量を考慮すると、実はマジでやばかったのかも知れない。とにかく今後は早め早めの給油を心掛けねばなるまい。 ガソリンスタンドでトイレ休憩をして10時5分に出発し、道道35号線で根室半島の南側を納沙布岬目指して走る。タンネ沼の脇で昨日に引き続き、旧日本軍のトーチカ跡を見学。今回のトーチカは海岸線から100m位内陸に入った場所にふたつ並んで構築されており、保存状態が良好だった。一見すると何かの倉庫に見えるであろう。
巨大な平和の塔の前では何やら式典が催されており、礼服に身を包んだ人達が大勢いた。その関係で、駐車場は明らかに観光客以外のバスや乗用車がたくさん停まっていた。小腹がすいたので、何か買って食べようと売店へ向かって歩いていたら、式典が終わり、人々が一斉に駐車場へ向かって歩き出した為、道が混むのではないかと思い、おやつを食べるは諦めて急遽出発。
根室市街地から先のR44は交通量が多くなり、1台遅いクルマがいると、その後に数台数珠繋ぎとなった。そういったグループに追いつくと、一気に抜き去って前に進んだ。やがて、前方に10台位の集団が走っていた。最後尾はR35GT-R。対向車がいなくなったので抜こうかと思ったら、先にGT-Rが右側に出て、グングン加速していった。コンスタントに対向車が来る為、数台抜いたら左側車線に戻ることを繰り返す。しばらく後をついていったのだが、さすがは世界に誇るNISSAN GT-R。出だしこそ鈍いものの、バイクに引けをとらない加速力だ。しかし、先頭のクルマが更に前の集団に追いついてしまい、この先一体何台続いているのか分からない状態になってしまった。そのせいか、GT-Rは諦めたようなので、今度はK1300Sの全力加速を披露する。対向車が来ない限り全開走行を続けた結果、一気に先頭まで出ることができた。一体何台ごぼう抜きにしたのか。いかんいかん、こんなことばかりやっていては…。程なくR243に右折し、そこからはガラガラだったが、ペースは控え目にした。 更にR244を北上すると、やがて右側に野付半島が見えてきた。12時40分に「道の駅おだいとう」で休憩。展望台からは国後島がよく見えた。ここで昼食をと思ったのだが、ふと、今朝見たテレビで紹介していた、野付半島のシマエビ漁を思い出した。レポーターが獲れたてのシマエビを茹でて食している姿が、それはおいしそうに映っていたのだった。ガイドブックを開くと、少し走った所にある「食事処白帆」でシマエビを存分に味わえると載っている。すかさず白帆に移動。 店内は混んでいた。少し待ってカウンターに座り、シマエビ天丼(1,300円)を注文しようとしたら、30分程掛かるとのこと。30分のロスはもったいない。シマエビ盛り(1,000円)だったらすぐにできると言われたので、それを注文。出てきたのは8匹の茹でシマエビ。茹でたてておいしかったけど、1匹が大した大きさではない為、いくらなんでも足りない…。これではおやつだ。隣りに座っていたライダーも同じものを注文していて、「足りない分は道の駅で補給ってもんですかねぇ。」と苦笑いしながら言っていた。時間が惜しいので、そうせざるを得ない。13時30分に出発。
標津町でR335と分岐した後のR244は、ひたすら真っ直ぐな道が10km程続く。直線が続いた後は根北峠越えを経て、斜里町に出た。斜里岳がきれいに見える。この辺りは28℃位あり、走っていないと暑かった。ただし、カラッとした暑さなので、不快感はない。 R244をJR釧網本線沿いに走り、濤沸湖(とうふつこ)を過ぎて藻琴湖(もことこ)近くの路肩にバイクを停めると、踏み切りを渡って草むらに分け入った。実はここにも旧日本軍のトーチカ跡があるのだ。 今回のトーチカ跡も、午前中に根室半島で見たものと同じく、海岸線から約100m内陸に配置されていた。ただし、上部が見えていたものの、深い草に埋もれていて、しかもバラのようなトゲのある植物が多くて、接近するのに苦労した。すると、トーチカ入り口付近で突然足が抜けた!! 草に隠れて見えなかった大きな穴がポッカリと口を開けていたのだ。とっさに腕を伸ばして落下は免れたものの、危うく数m下のトーチカ施設跡に転落するところだった!廃墟見学は危険を伴なうということを体感した。
後はR238を淡々と走り、能取湖でサンゴ草の群生地を見て、16時30分に本日の宿、「サロマ湖畔ユースホステル」着。この頃は気温が22℃まで落ちていた。結局、物足りない昼食の後、おやつは食べなかった。
宿では初老のハーレーライダーが泊まっていた。何と、今日襟裳岬近くの黄金道路(R336)でナンバープレートを落とすというハプニングに遭ったという。ハーレー(エレクトラグライド)は最近購入し、ナンバープレートのステーも含めて、社外品で色々とカスタマイズしている。そのステーがどうやら振動で折れてしまったらしいのだ。それほど振動がすごいのだとか。幸い落ちる瞬間をバックミラーを見ていて気が付いたので、回収に成功し、何とか見付けたクルマの修理工場で溶接してもらったそうだ。脱落に気付かなかったらどうなっていたことやら…。また、今どきのハーレーはインジェクションなので、メンテナンスにはそれほど気を使う必要がないものの、とにかく重く、取り回しが苦労するし、すり抜けもままならず、気分を味わうだけのバイクで実用性は低いと言い切っていた。 本日の走行距離:398km | |||||||||||
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| 7月15日(月) | 天気:晴れ時々曇り | ||||||||||
4時に起床して、サロマ湖の向こう側から昇る日の出を鑑賞した。宿泊した部屋から眺めることができたので、満足したらまたふとんに入った…。
朝食後、7時15分に宿を出発。気温は20℃。いい天気だ。(結果として、礼文島も含めて今日1日はほぼ20℃で快適だった。) 程よい巡航速度で走ってくれる地元ナンバーのプリウスの後ろについていき、8時55分に雄武町(おうむちょう)の「道の駅おうむ」で小休憩(“小”もしたが、ちょっと休憩したという意味)。 引き続き北上し、9時50分に枝幸町(えさしちょう)のコンビニに寄って大休憩(“大”をしたという意味ではなく、ゆっくり休憩)。駐車場の数台分のスペースにはパイロンが置かれていて、駐車台数を制限していた。駐車制限エリアには何やら祭壇を準備している。準備している人に聞いてみたら、これから厳島神社のお祭りがあるので、ぜひ観ていってくださいとのこと。 店内で菓子パンを購入してバイクの横で食べながら待っていると、お神輿が積まれたトラックと、はっぴや浴衣を着た地元の人達が乗った自衛隊の汎用人員輸送車両が連なってやって来て、コンビニの横で縦列駐車した。先程まで静かだった一帯が一転、ワッショイワッショイのお祭り騒ぎとなり、人でごったがえした。何人もの人から話し掛けられ、お祝いだからとペットボトルのジュースを次々と手渡された。(収納には困ったが、これでしばらく飲み物に困らないであろう。) やがて神輿を下ろして神事が執り行われ、次の会場?に向かって出発していった。これぞ旅の醍醐味。絶妙のタイミングでここに立ち寄ったというものだ。
宗谷岬に着いたのは11時40分。時間的余裕はたっぷりとある。ここは17年ぶりだ。稚内に近いということもあるからか、観光客が多い。
ガイドブックで調べた近くの「稚内副港市場」に移動。毛ガニやお菓子等のお土産を購入して自宅へ発送し、市場の中の食堂で海鮮丼を喰らう。 続いて港の北にある防波堤ドームに行った。完成したのは1936年で、古代ローマを思わせる洒落たデザインの建造物である。かつてはここまで線路が延びていたそうだ。人気はほとんどなく、ドーム内にバイクを乗り入れての撮影に成功!
フェリーは定刻通り16時15分に出航した。特に揺れることもなく、穏やかな航海だった。
その昔、ユースホステルといえば、若者が健全に交流を図る為の宿であり、シーツや食器の準備や片付け、夕食後の全体ミーティングが当たり前で、門限や消灯時間が厳しく決められていて、酒やタバコもNGだった。私はこれまでに数々のユースホステルに泊まってきたが、このような決まりがある宿は、90年代前半の時点で既にごく僅かが残っていたに過ぎなかった。いまどきのユースホステルは、ちょっとしたペンション並みのサービスがないと、若者に敬遠され、生き残ることが難しいのだ。 これは、生活が豊かになったことと、テクノロジーの進化によって、他人と距離をおいた状態でも気軽にコミュニケーションが取れるようになったことも原因であろう。しかし、それではあまりにも淋しいではないか。真のコミュニケーションとは、人と人が直接対峙してこそ伝わるものではなかろうか。そう感じる者が行き着く宿、今もなおユースホステルの伝統を受け継ぐ奇跡の宿、それが礼文島の「桃岩荘」だ。この“キング・オブ・ユースホステル”ともいえる桃岩荘の実力とやらを、見せてもらおうではないか! 18時10分に礼文島上陸。桃岩荘のスタッフと合流すると、私の他にバイクが2台(BMW K1200Sの男性とYAMAHAのオフロードバイクSEROW225の女性)、他に徒歩での宿泊客が数名いた。「それでは後ろについてきてください。」とスタッフから言われ、4km程の距離にある桃岩荘へトロトロ走るボロい、いや年期の入ったワンボックスカー(NISSAN HOMY)、その名も「ブルーサンダー号」についていく。 とにかく遅い!バイクは終始ローギア。舗装された山道を島の西側に向かって走ると、目の前に巨大な“桃岩”が見えてきた。なるほど桃の形に見える。やがて島で唯一のトンネル、桃岩トンネルに入った。クルマの中では、「この桃岩タイムトンネルで知性、教養、羞恥心を捨ててください。再び現実世界に戻る時には拾うのを忘れないでくださいね!」などと説明を受けていたらしい。タイムトンネルを通ることで30分時間が進み、これを桃岩時間という。
そして宿の玄関をくぐると…、スタッフと宿泊している人が一緒になって「おかえりなさ〜い!」と大声で歓迎された。こちらも「ただいま〜!」と返す。 桃岩荘はかつてニシン漁の番屋だった築140年以上の建物をそのまま使っている。6月〜9月の間だけ営業しており、運営しているのは10人位の若いスタッフ達だ。ほとんどのヘルパーが何年も続けて働きに来ているらしい。宿の伝統は変わることなく代々受け継がれているのである。 さて、ここからはあまりにも濃い時間を過ごすことになる。細かく書くとすごいボリュームになってしまうので、あえて省略するが、とにかくぼ〜っとしている時間などない…というかもったいない。夕食後は歌って踊り、語らい、気付くと桃岩時間の22時30分(日本標準時間では22時)、消灯時間になっていた。皆、酒も飲んでいないのにハイテンション。端から見ていると、何かの怪しげな宗教団体にしか見えないであろう。噂通りと言うか、とにかく私はここに泊まるのが夢だったし、それが実現できて満足である。ここに長期滞在すると、普通の生活に戻れなくなってしまうかも知れない。 本日の走行距離:302km | |||||||||||
| 7月16日(火) | 天気:晴れ時々曇り | ||||||||||
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桃岩時間の6時30分(日本標準時間では6時)、「海猫(かごめ)が鳴くから、ニシンが来ると〜」とスピーカーから石狩挽歌がけたたましく鳴り響き、目が覚めた。起床時間である。 昨日同じフェリーでやって来たK1200Sに乗る同世代の男性は、自家用車もBMW(320i)だそうだ。現在のウメの愛車もBMW(335iカブリオレ)ということもあり、意気投合して島内では一緒に行動しようということになった。お互い14時のフェリーで稚内に戻る予定だ。朝食を済ませ、7時にBMWのバイク2台で出発。気温は17℃で涼しい。
まずはすぐ近くの桃岩ハイキングコース入り口に行き、駐車場にバイクを停めて、元地灯台まで片道約2.5kmのコースを歩いた。山の稜線に沿った道なのだが、残念ながら霧が立ち込めていて、視界が悪い。桃岩展望台からは肝心の桃岩が見えず、それでも様々な花がきれいに咲いていたので、写真を撮りながら先に進んだ。霧のおかげで花畑がどこまでも続くように見えて、幻想的ではある。 元地灯台に着くとだいぶ霧が薄くなり、復路はなかなかの眺望だった。思ったよりも海が近く、近いと言っても標高差はかなりある。つまり、それ程急な斜面ということで、花畑の背景にまるで空のような海面を入れるという写真が撮れた。ただし、桃岩の周りだけはしつこく霧が貼り付いていて見えなかった。
金田ノ岬は岩場にアザラシがよくいることで有名らしいのだが、1頭もいなかった…。地元の人に聞いたら、今日は風向きが悪いらしい。 続いてスコトン岬に移動。島の最北端に位置し、約1km先に無人島のトド島が大きく見える。ここはメジャーな観光地なので、観光バスがひっきりなしに訪れていた。昔はスコトン岬が(人が住んでいる島としては)日本最北端だと主張していたのだが、よくよく測量してみたら宗谷岬のほうが北だったことが判明…。以来、“最北限”を名乗るようになったのだという。「最北限のトイレ」で用を足した。
まだフェリーの出航までたっぷりと時間がある為、午前中に霧で視界の悪かった桃岩展望台のリベンジに行った。今回は霧が晴れていて、桃岩をバックにした記念写真の撮影に成功! 12時30分にフェリーターミナルに行くとちょうど窓口がオープンし、乗船券を購入。ターミナル2階の「武ちゃん寿司」で昼食に名物「元祖ほっけ蒲焼丼」(650円)を食べた。うなぎやあなご、さんまの蒲焼は食べたことがあるが、ほっけは初めてだ。まあ、想像通りの味ではあった。 やがて14時近くになり、フェリーに乗船すると、他にも桃岩荘に宿泊していた人が何人かいて、「デッキに行きましょう!」と言う。デッキから見下ろすと、岸壁で桃岩荘のスタッフがいた。そして出航するまで皆で一緒に、宿の思い出を忘れないようにと、大声で歌った。やがてフェリーが出航すると、岸壁に向かって「行ってきま〜す!」と、声が届く限り叫んだ。他の乗船客からは「何の団体?」と興味深げに見られていたが、どうやらあの宿に泊まると、羞恥心を取り戻すのに時間が掛かるようだ。
上陸後、ガソリンスタンドで給油し、K1200Sのライダーと別れを惜しみつつ、各々の宿へと向かった。ちなみに稚内市街の気温は23℃だった。 本日の宿「稚内モシリパユースホステル」に16時45分着。夕食は歩いてラーメン屋に行き、稚内ラーメンを食べた後、居酒屋で礼文島のことを思い出しながら晩酌した。 本日の走行距離:98km | |||||||||||
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| 7月17日(水) | 天気:晴れ | ||||||||||
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今日は海沿いに小樽市まで南下して同市内の宿に宿泊し、明日10時30分発のフェリーでいよいよ北海道を去る。 7時10分出発。気温は19℃。朝からいい天気だ。 まずは野寒布(ノシャップ)岬に寄った。どうも岬というと、断崖絶壁が海にグワッっと突き出ていて、展望台から抜群の眺望が楽めることを期待してしまうのだが、ここはほぼ海抜ゼロで、標識やモニュメントがなければ気付かずに通り過ぎてしまうような、おとなしいロケーションである(宗谷岬も似たようなものか)。記念碑前で記念撮影をして先に進む。
途中で道道444号線に左折して7km程走り、サロベツ湿原センターに8時15分着。湿原内に作られた1周約1kmの遊歩道を歩いて、泥炭採掘跡地や湿原の植物を間近で観察した。他に観光客は数人いるだけだった。
R232の留萌辺りまではスケールの大きな北海道らしい、自然を満喫しながら走ることができるが、そこから先のR231は本州でもよくあるような普通の田舎道が続く。この時点で自分の中の北海道ツーリングは一区切りついたような気がした。石狩市の「食事処 海幸」で昼食。海鮮丼に舌鼓を打った。 やがて小樽市に入り、JR銭函駅近くの「豊足神社」に寄った。一見、何の変哲もないこの小さな神社には、日露戦争当時の機雷が展示されているのだ。 戦没者を奉った忠魂碑の横にその機雷はあった。一見するとガラクタが無造作に置かれているようにも見える。これはロシア軍のもので、日本海海戦時に敷設されたものらしい。日露戦争後の1907年に大浜海水浴場付近に漂着し、日本軍が爆破処理したものだ。爆破されたので、中身は空っぽ。しかし、原型は留めており、100年以上も経過している割には保存状態が良好だった。こんな場所、あまりにもマニアック過ぎて、観光で訪れる人など皆無に近いであろう。
まだ宿にチェックインするには早過ぎる。そこで、バイクを(適当な場所を見付けたので)置いて。手宮線の線路跡を歩いた。 手宮線は1880年に北海道最初の鉄道として開通し、105年後の1985年に廃線となった。一部区間が遊歩道として整備されているが、こういった所では、なかなか当時の姿を想像するのは難しい。しかし、小樽寿司屋通りの東側からJR函館本線までの間はまだレールが残されていて、草もボーボーで荒れ果てており、これぞ正に廃線の雰囲気バリバリである。
本日の走行距離:352km | |||||||||||
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| 7月18日(木) | 天気:晴れ | ||||||||||
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ついに北海道を去る日がやってきてしまった…。 9時10分に宿を出発。気温は23℃。途中コンビニで昼食を購入し、フェリー埠頭付近には9時25分に着いた。岸壁の対岸でフェリーを背景に記念撮影。
10時30分、フェリーは小樽港を出航した。さらば北海道!
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| 7月19日(金) | 天気:雨のち晴れ | ||||||||||
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新潟港に近付くと、船窓に雨粒が当たり始めた。ここ数週間、北陸地方はずっと天気が不安定なのだそうだ。 6時15分に今回のツーリングで初めてカッパを着込んで新潟上陸。雨は激しく降っているが、後は帰るだけなので、ガッカリもしなかった。気温は24℃。 初日と逆方向で亀田早通ICから高速に乗り、北陸自動車道を淡々と走る。長岡JCT辺りで雨は止み、米山SAでカッパを脱いで朝食とした。 上信越自動車道で長野県に入ると青空が見えてきた。松代PAで最後の休憩をとり、9時45分に自宅着。この時点で26℃。まだ午前中の早い時間帯なので、暑くなる前に帰ることができた。 北海道内ではついに1滴も雨に降られず、とにかく天候に恵まれたツーリングだった。おかげで毎日快適に走ることができ、疲労も蓄積されず、スケジュールさえ許せば、あと1週間いてもいい位だった。 本日の走行距離:長野自動車道安曇野ICまで268km |
| グレートツーリング外伝 '13 in 西会津 |
| メンバー(マシン) | ウメ(K1300S)、オユタ(バンディット250)、 カッキー(ZX-10R)、ヨージ(ZXR250) |
| 10月13日(日) | 天気:曇り一時雨のち晴れ | ||||||
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今年の外伝ツーリングの目的地は西会津だ。GTECメンバーの誰も走ったことがないR252を攻略するのが任務である。 関東組のカッキー、ヨージは、1日早く出発し、それぞれのソロツーリングを楽しんだ後、11時に新潟県魚沼市四日町の上越線小出駅でウメ、オユタと合流予定だ。 そのウメとオユタは7時45分頃に安曇野ICから長野自動車道に入り、北上を開始した。 今年は10月になっても暑い日が続き、つい先日は北陸の多くの都市が30℃以上を観測したという。昨日の安曇野市でも、9時の時点で26℃位もあり、これは暑いツーリングになるぞと予想していたところ、今朝は青空ではあるが、10℃で肌寒い。ようやく10月らしくなったとも言えよう。 上信越自動車道豊田飯山ICで高速道路を下りるべく、まずはウメがETCゲートを通過。引き続きオユタが通ろうとしたところ、バーが開かない!ETC車載機のインジケーターの表示はグリーンだ。とにかくオユタはバーの間を抜けて一旦外へ出ると、路肩にバイクを停めた。やって来た係員にETCカードを渡して処理してもらう。安曇野ICでは確かにETCゲートでバーが開いた。ところが、安曇野ICで乗った記録がカードには残されていなかったのである! 実はこれ、「グレートツーリング '13 in 福島」の最終日にも類似の状況を経験している。この時はカード読み取り部の接触不良を疑ったが、結局よく分からないまま、修理に出すのも忘れていた。今回は各ゲート進入の直前に、車載機のインジケーターがグリーンなのを確認したのに、ダメだった…。 ウメはオユタがETCカードの処理を行っている間、ゲートから50m位先の路肩に停車して待っていた。ウメの位置から先は緩やかな左カーブとなっており、その先、R117との交差点は見えないが、対面通行となっている為、うっかり反対車線に入り込まないよう、センターラインには等間隔にポールが立っている。にも関わらず、僅か数分の間に合計2台のクルマが、ポールの間から反対車線に進入していった。おそらく、反対車線側の駐車場との境にあるガードレールが中央分離帯に見え、片側2車線道路だと思ったのだろう。2台目については、見えなくなってからけたたましくホーンの音が聞こえてきた。ヘタすれば正面衝突!“真の中央分離帯”をちゃんと設けた方がよろしかろう。
10時10分にそのコンビニを出発。およそ30km先の小出駅には集合時間までに余裕で着きそうだ。ところが、十日町の中心部に差し掛かったところで、何やらお祭りをやっていて、交通規制の為に迂回させられた。 後で調べたところ、開催していたのは「第37回 生誕地まつり」だった。全国各地の郷土芸能が集う市中大行進や、自慢の芸を披露するなんでも自慢カーニバル、全国特産市場、地元食材を使った屋台村といった多彩なイベントが満載の祭りなのだそうだ。 これが結構大規模なお祭りで、迂回路は大渋滞。路肩は人でごったがえしているので、すり抜けもままならない。これはたまらんと脇道に入ったら、規制エリアは広範囲に及んでいて、行く先々でこれまた迂回させられた。それでも、おそらくまともに渋滞にはまっているよりは短時間でR117に復帰できたものの、えらく時間をロスしてしまい、11時までに小出駅へ到着するのは絶望的になった。 十日町北部でR252に右折。この国道もハイペースで走ることができる快適路だが、進行方向は雲が厚くなってきた。しかも、どす黒い。天気予報では雨の心配はほぼなさそうだったのに、どう見ても雨雲だ。 11時5分、集合時間の5分遅れで小出駅着。駅の近くから路面はハーフウェットとなり、駅前の無料駐車場で出迎えてくれたカッキーとヨージの服装によって、いや〜な予感は確信へと変わった。 「(ウメ)なんで2人共カッパを着ているのかな〜!?」「(ヨージ)雨っス!つ〜か、よくカッパ着ないでここまで来れたっスね。」「(オユタ)確かにそれらしき跡はあるが、もう止んでいるじゃん。」「(カッキー)さっきまでけっこう激しく降っていたんですけどね。」と言うなり、ポツリと来た。急いで雨用の装備を整えるウメとオユタ。やがて雨は本降りとなった。
【カッキー】 昨日は埼玉県さいたま市の自宅を出発し、関越自動車道を渋川伊香保ICまで北上。県道33号線(上毛三山パノラマ街道)のワインディングを榛名湖まで堪能し、県道28号線でR145に出ると、県道55号線&R292の日本ロマンチック街道を走って志賀高原を越え、県道471号線→県道502号線→R117→R253で新潟県南魚沼市小栗山にあるスキーリゾートのホテルにチェックインした。志賀高原のエリアは走り甲斐のあるワインディング路がひたすら続いたものの、とにかく寒かった。宿は食事の予約をしていなかったのだが、歩いていける場所に飲食店はおろか、コンビニもなかった為、バイクで買い出しに出たところでザーザーと雨に降られたのであった…。(走行距離:335km) 宿から集合場所までは近いので、今朝はゆっくり10時過ぎに出発。六日町ICから小出ICまで関越自動車道を使い、10時50分に小出駅着。到着の少し前から雨が降り出した。 【ヨージ】 昨日は東京都江戸川区の自宅を出発し、首都高、関越自動車道、圏央道を走って、狭山日高ICからR299へ。R299を西に走り、上野村で県道45号線(下仁田上野線)に入って北上し、R254、県道43号線(下仁田軽井沢線)を経てR18に入ると、碓氷バイパス越えで高崎まで出て、同市街のホテルに宿泊。雨には降られなかった。(走行距離:261km) 今朝は6時に出発してR17をひたすら北上。快適な三国峠を越えて、10時40分に小出駅着。到着とほぼ同時に雨が降り出した。
雨は止みそうにないので、11時30分に仕方なく出発。予め調べておいた店で昼食を摂るべく、R252を東に進む。
店員によると、このように、インターネット等で調べて興味本位に立ち寄る客がほとんどなのだそうだ。国道から外れた、外観も倉庫にしか見えないこの店に、偶然通り掛った観光客が立ち寄ることはまずないであろう。実際、店に滞在中、他の客はゼロだった。開店してから1年。最近は通信販売にも力を入れて販路拡大を模索しているようだが、がんばってもらいたいと思う4人だった。 倉庫内にはチョウザメの養殖場があり、食事の後に見せていただいた。稚魚から育て、現在最も長生きなのは4年目だそうだ。(ちなみに寿命は100年位とか!) 簡単に養殖できるものではなく、ノウハウを得るまではそれはもう試行錯誤で大変だったが、来年あたりからようやく食べられる位に成長したのだと説明された。え!? では先程食べたのは!? 茨城県の別業者から仕入れているのだと…。 そうこうしている内に雨は上がり、青空も見えてきた。進行方向を見る限り、雨の心配はなさそうだ。カッパを脱いで13時に出発。 近くのガソリンスタンドで給油後、R252を西会津目指してひた走ると、やがて本日のメインイベント、「六十里越(ろくじゅうりごえ)雪わり街道」に突入した。この辺りは国内有数の豪雪地帯なので、トンネルやスノーシェッドが連続する峠越えのワインディングとなっている。ただし、11月中旬から6月中旬の間は積雪や残雪の為に通行止となる。ちゃんとセンターラインがあって道幅は充分。多くの区間が追い越しOKであり、ガンガン進んで行くことができた。六十里越トンネルで福島県に入り、田子倉ダムに併設されているドライブインで休憩。 田子倉ダムは竣工1960年、高さ145mの重力式コンクリートダムで、発電能力は400,000kWという、一般水力発電所としては日本第2位の出力を誇る水力発電所である。ダムの上は中央付近まで歩くことができ、上から下流を見下ろすと、抜群の眺望を楽しむことができる。(高さ145mは30〜40階建てのビルに相当する。) もちろん、ヨージのような高所恐怖症の人にはお奨めできない。「(ヨージ)やばいっス!滅茶苦茶やばいっス!のんびり休憩していないで早く出発するっス!」
14時15分に田子倉ダムを出発し、引き続きR252を走る。本日の宿泊地である柳津町(やないづまち)までは、このままR252を進めばいいのだが、基本的に緩やかな山間部の国道なので、いまひとつ面白みに欠ける。そこで、金山町でR400に右折して2km位走ると、県道237号線(小栗山宮下線)に左折し、沼沢湖経由の回り道をした。(とはいえ、3km程度余分に走るだけである。) この県道は、「フェアリーランドかねやまスキー場」の横を登って高森山を越える、ヘアピンカーブ連続のワインディング路なのだ。他に走っているクルマはほとんどなく、各自のペースで満喫した。しかし、北側の下りはうっそうとした木々の中の湿った路面だったので、慎重に走らざるを得なかった。 R252に復帰して15時35分に柳津町の円蔵寺着。 円蔵寺は千二百年にも及ぶ歴史を誇る。その昔、弘法大師が唐の高僧から授かった霊木を三つに分けて海に投げ入れたところ、茨城、千葉、柳津に流れ着いたそうな。その知らせを受けた弘法大師は、虚空蔵菩薩を彫り、それを託された徳一大師が円蔵寺を開創したと伝えられている。 寺は只見川沿いの急斜面に建てられていて、山形県の山寺(立石寺)を髣髴とさせる…とまではいかないが、遠くからでもよく見える。境内には、寺の難工事を赤牛(あかべこ)が手伝ったという伝説から、開運撫牛が祀られていた。
今日は結局、20℃以上にはならなかった。例年なら福島県に入ると紅葉が始まっている筈なのだが、今年は遅れ気味らしく、全くその気配がなかったのは残念だった。 本日の走行距離:長野自動車道安曇野ICから294km/カッキー:144km/ヨージ:262km | |||||||
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| 10月14日(月) | 天気:晴れ | ||||||
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復路について話し合った結果、ウメとオユタは昨日の道が面白かったことから、逆ルートとした。とはいえ、無理なく帰ることを考慮すると、他に考えられるプランといえば、会津坂下ICから磐越自動車道に入って北陸自動車道、上信越自動車道、長野自動車道を経由して、ひたすら高速道路だけで帰るという、眠くなりそうなルートしかない。 その点、カッキー&ヨージ関東組は色々と行程を組むことができ、磐越自動車道新鶴PAのスマートICから南下して、大内宿や那須高原経由で帰ることになった。
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只見ダム横のドライブインで休憩し、「六十里越 雪わり街道」を走破。逆コースも全く別の道を走っているようで、なかなか面白かった。GTEC屈指の飛ばし屋2人だけあって、他に峠を攻めているバイクやクルマを次々と撃沈していった。 11時に魚沼市のコンビニに寄って休憩した後は、R252とR117を一気に上信越自動車道の豊田飯山IC手前のファーストフード店まで走った。この頃は気温が25℃まで上昇して暑い位だった。ちなみに、十日町の祭りは昨日で終わっていたので、渋滞はなかった。 昼食を食べ終え、13時に出発。その前に、ウメとオユタはETCカードを交換して、各々のバイクの車載機に挿入。オユタのETC不調の原因を切り分けようという訳だ。これでウメがNGならETCカード側に問題があり、オユタなら車載機ということになる。果たしてその結果は!? 長野自動車道安曇野ICのETCレーンから難なく出てくる2台のオートバイ…。予想に反して、何も問題は起こらなかった。少なくとも、カードは大丈夫なのだろう。となれば、疑われるのはバンディット250の車載機の接触不良か。たまたまETCカードに情報を書き込む瞬間にエラーが発生したのかもしれない。 とにかく、無事14時頃に2人共帰宅したのであった。 本日の走行距離:長野自動車道安曇野ICまで285km | |||||||
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9時50分に大内ダムで小休止。ダムから少し進んだら、こんな山の中なのに、いきなりクルマが一杯の駐車場が出現!大内宿(おおうちじゅく)だった。大内宿は全長約450mの道路両脇に、寄棟造の茅葺き民家が建ち並んでいる、白川郷のようなメジャーな観光地だった。三連休だけあって、観光客がやたらと多く、いまひとつ風情に欠けるものの、整然と民家が立ち並ぶ様は見事であった。 大内宿を後にして、R289を白河市方面に進む。交通量はそこそこあったが、巡航速度が速くて順調に流れた。 左手に阿武隈川の渓谷が見えてきたところで県道290号線(那須甲子道路)に右折。11時30分に那須ロープウェイ手前のドライブインで休憩。こちらも周辺は大混雑。路上駐車の嵐である。バイクじゃなかったら、駐車するだけでも難儀したであろう。 県道17号線(ボルケーノハイウェイ)を下って、そのまま那須ICから東北自動車道に乗ろうとしたら、県道30号線との交差点から渋滞している!おそらく5km先のICまで渋滞は続いていることだろう。すり抜けも無理そうだった為、県道30号線(矢板那須線)に右折。この県道がなかなかの快適路で、交通量も少なかった。途中戸田水辺公園で休憩し、黒磯板室ICから東北自動車道へ。 佐野SAで昼食。しかし、屋内の飲食店はえらく混雑していたので、屋台で焼き餃子をゲット。ヨージが食べ終わったパックをゴミ箱へ捨てに行く際、醤油をズボンにこぼすという悲惨なアクシデントに遭った。(ペットボトルの水とティッシュで応急処置。) 岩槻ICでカッキーが高速を降り、自宅に14時頃帰宅。 ヨージは川口PAで休憩後、清新町ICで高速を降りて、15時頃に帰宅した。 本日の走行距離:274km(カッキー)/304km(ヨージ) |
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