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2015年のツーリング

グレートツーリング '15 in 東北

メンバー(マシン) ウメ(K1300S)、カッキー(ZX-10R)、トモアッキィ(V-Strom650)、ヒロ(GPZ900R)、ヨージ(ZXR250)
 青森県も含めた東北ツーリングは過去に何度か経験しているが、ゴールデンウィーク限定となると、「グレートツーリング '02 in 東北」「グレートツーリング '06 in 北海道 & 東北」で走っている。この時期の東北は年によって気温がまちまちである。体感温度として、2002年はそこそこ暖かで、2006年はえらく寒かった。そのギャップは大きい。防寒対策で荷物の量が変動する為、ツーリング直前まで週間天気予報で行き先の予想気温をウォッチする必要があった。すると、今年は4月の最終週にいきなり気温が上昇し、青森で26℃を記録した。そのままゴールデンウィーク期間中も安定する見込みとのことなので、各自西日本に向かうレベルの装備で出発した。寒さに耐えられなければ、防寒着を現地調達すればいいのだ。
4月30日(木) 天気:晴れ
 10時20分、東北自動車道都賀西方PAでウメ、カッキー、ヨージは合流した。計画では10時30分集合だったので、上出来だ。
 各自のここまでの行程は下記の通りである。


【ウメ】
 7時40分、安曇野市にある自宅を出発し、長野自動車道→上信越自動車道(横川SAで休憩)→関越自動車道→北関東自動車道→東北自動車道をひた走り、10時10分都賀西方PA着。ここまで自宅から243km。

【カッキー】
 埼玉県さいたま市の自宅から集合場所までは80kmもないので、通常であれば1時間もあれば余裕ではあるが、渋滞を考慮して8時30分に出発。最寄りの岩槻ICから東北自動車道に乗るも、結果として渋滞はなく、9時30分に都賀西方PAに着いてしまった。

【ヨージ】
 東京都江戸川区の自宅を8時30分に出発。清新町ICから首都高速中央環状線→首都高速川口線→東北自動車道という経路で111km走り、10時20分都賀西方PA着。

 なお、トモアッキィ、ヒロとは、5月3日に青森で合流予定だ。
 10時35分、3台揃って出発。隊列はウメ、カッキー、ヨージの順。気温は25℃で初夏の陽気だ。
 127km先の安積PAで昼食。ここで、この後のルートについて話し合った。当初の計画では、このまま白石ICまで東北自動車道を北上し、蔵王エコーライン(一部は蔵王ハイライン)で滝見台、駒草平、御釜に寄って山形市内の宿に向かうというものだった。しかし、蔵王エコーラインは御釜の火口周辺警報に伴って、4月24日に予定していた開通が未だに延期されているのである。(ゴールデンウィーク期間中も絶望的とのこと。) かといって、山形自動車道を使って山形市入りするのでは、ただ高速道路を走っただけで1日が終わってしまい、面白みに欠ける。そこで、協議の結果、猪苗代湖北側から磐梯山ゴールドライン、桧原湖東側の県道2号線を北上するルートに決まった。磐梯山ゴールドラインと県道2号線は「グレートツーリング '13 in 福島」でも走ったが、整備された攻めごたえのあるワインディングが延々と続くという、この3人にとっては楽しい道である。中でも目玉は県道2号線の白布峠で、これでもかというくらいにヘアピンカーブが連続する「東鉢山七曲り」は有名だ。
 ところが食事中、店内で放送中のテレビニュースが、「磐梯吾妻スカイラインは、火山ガス濃度が基準値を超過した為、全面通行止めになっています。」と伝えていた。磐梯吾妻スカイラインを走る予定はないものの、磐梯山ゴールドラインとほとんど続きの道路である。心配になってスマートフォンで確認すると、幸い、磐梯山ゴールドラインは通行止めになっていないようだ。
 神奈川県の箱根山でも火山活動が活発化していて、一部立ち入りが制限されているという。これらの事象が偶然なのかは分からないが、はっきり言えることは、ゴールデンウィーク真っ只中で観光産業に大打撃だということだ。
 安積PAを12時50分に出発。いわきJCTで磐越自動車道へ。交通量はぐっと減り、ポカポカ陽気の中、眠気をこらえながら進む。磐梯河東ICで高速を降り、ガソリン補給とコンビニでの休憩後、いよいよ磐梯山ゴールドラインへ。
 「グレートツーリング '13 in 福島」の5月5日にこの道を走った時は、朝だったとはいえ、外気温が5℃しかなくてハンパなく寒かった。それが今日は道路端に厚く雪が残っているという景色は同じものの、20℃もある。寒いどころか、むしろ雪融けの冷気が心地良かった。交通量は少なく、快適に走ることができた。
 磐梯山ゴールドライン終点から県道2号線に入り、白布峠を越える。こちらは前回と逆方向で、初めて走るのと等しい新鮮さがあった。交通量は更に少なく、各自のペースで思う存分ワインディング路を堪能した。福島県と山形県との県境(西吾妻スカイバレー)で休憩。時刻は14時30分。まずまずのペースだ。


白布峠(西吾妻スカイバレー)
 峠を下って米沢市街地に入ると、気温はなんと30℃!本当にここは東北なのか!? 暑さに耐えながら米沢南陽道路とR13を北上。途中1回休憩を入れて16時50分に本日の宿「スーパーホテル山形駅西口天然温泉」着。
 チェックイン後、徒歩で霞城(かじょう)公園まで歩いた。ここは山形城址の石垣や堀等の遺構一帯を公園としたもので、運動場もある。

霞城公園(最上義光騎馬像前にて)
 城跡を見学した後、山形駅近くの居酒屋で乾杯!しかし適当に入ったのが九州料理専門の店だった為(おいしかったが)、2次会は別の店で米沢牛等、山形地元の食材を酒のつまみに飲み直した。それにしても、夜でもTシャツ1枚で過ごせたのには驚いた。
 本日の走行距離:長野自動車道安曇野ICから542km(ウメの自宅からだと+4km)/381km(カッキー)/414km(ヨージ)
宿データ 宿名 スーパーホテル山形駅西口天然温泉
場所 山形県山形市双葉町1-10-18
感想 天然温泉の大浴場を完備する、設備の整った快適な宿。
1泊朝食付き:4,980円(税込み)
5月1日(金) 天気:晴れ
 8時25分出発。夜はあまり気温が落ちなかったようで、朝から暖かだ。
 山形中央ICから東北中央自動車道に乗り、山形JCTで山形自動車道へ。ここから日本海側へ抜ける山形自動車道は途中、月山ICから湯殿山ICまでの約21kmが一般道(R112)になる。カーブが多いものの、道幅が広くて信号もなく、遅いクルマを登坂車線区間でパスして快適に進むことができた。
 鶴岡ICで山形自動車道を降りると、県道54号線を少し東に走って、9時50分に「致道(ちどう)博物館」着。
 致道博物館の“致道”の名称は、江戸時代の庄内藩校「致道館」に由来したもので、幕末に建てられた藩主の隠居所である御隠殿の建物の一部と、国指定名勝の「酒井氏庭園」が残っている。そしてこの地に明治時代創建の「旧西田川郡役所」や「旧鶴岡警察署庁舎」等といった歴史的建造物を移築して公開しているのである。(残念ながら旧鶴岡警察署庁舎は補修中で見ることができなかった。) 各建物は資料館にもなっていて、じっくり眺めていると半日終わってしまう為、ポイントだけ抑えて廻った。

致道博物館(旧西田川郡役所)
 バイクはそのまま致道博物館駐車場に置かせていだだき、歩いてすぐ近く、鶴岡公園の一角にある「大寶(たいほう)館」へ。大寶館は1915年(大正4年)に大正天皇の即位を記念して建てられた、白壁に赤いドームが特長の洒落た建物だ。ここは外からの写真撮影に留め、バイクに戻った。

大寶館
 鶴ヶ岡城址である鶴岡公園では、メーデーの集会が開催されており、労働者達が公園沿いの道路をデモ行進していた。「日本さくら名所100選」に選ばれた、県内でも有数の桜の名所ではあるが、とっくに葉桜となっていた。
 11時10分に致道博物館出発。デモ行進の交通規制による渋滞があったが、幸い進行方向ではなかった。気温は26℃に上昇。
 鶴岡ICから再び山形自動車道に乗ると、鶴岡JCTで日本海東北自動車道に入って北上。終点の酒田みなとICからR7を海沿いに走る。日本海側に出ると気温は20℃まで下がり、“ちょうどいい感じ”となった。
 12時10分に遊佐町の「十六羅漢岩」近くにある「サンセット十六羅漢」着。ここで昼食に同店名物、トビウオだしのラーメンを食し、海岸に出て十六羅漢岩を見学した。
 十六羅漢岩とは、漁師の供養と海上安全を願って吹浦海禅寺の寛海和尚が指揮を執り、1864年から5年の歳月をかけて海岸の岩石に16羅漢や菩薩像等を合計22体彫ったというもので、きれいな状態で現存している。柵とかはなく、直接触れることもできる。見学者達の善意によって保存されていると言えよう。しかしその見学者は少なく、意外とマイナーな場所なのかも知れない。

十六羅漢岩
 13時に出発。右手に鳥海山を眺めながらR7を北上。交通量は多いが、ペースはそこそこ速い。
 金浦ICから象潟仁賀保道路(無料)→仁賀保本荘道路(無料)→日本海東北自動車道(一部無料)→秋田自動車道(太平山PAで休憩)を走って距離を稼ぎ、五城目八郎潟ICで高速道路を降りると、県道298号線にて八郎潟の大潟村に突入!この道は別名を「菜の花ロード」といい、まるで北海道を走っているかのようなひたすら続く直線路の両脇に、黄色い菜の花がびっしりと咲いている。更にその外側には桜の木が植えられていて、タイミングが合えば、ピンクと黄色のコントラストを同時に楽しむことができるのである。桜はだいぶ散っていたものの、菜の花は満開で、花の香りが漂っていて実に癒される。「(一同)アロマ〜…。」

菜の花ロード
 県道42号線に曲がって南下してもしばらく菜の花区間は続いていた。八郎潟の干拓地を抜け、県道55号線を経て寒風山に15時45分着。ウメにとってはこの後訪れる予定の入道崎とともに「グレートツーリング '02 in 東北」以来2度目の来訪となる。
 展望台は寒風山の山頂にあり、そこまでクルマで行くこともできるのだが、駐車スペースはほとんどない。バイクですら停めるのは難易度が高く、少し下に位置する大駐車場を利用することになる。しかし、そこからの眺めも充分素晴らしく、八郎潟の広大な景色を見下ろすことができる。「(カッキー)この景色、どこかで見たことがあるような気がします。」「(ヨージ)デジャブっス!」それは「グレートツーリング '12 in 佐渡」で走った大佐渡スカイライン内にある白雲台交流センターからの眺めのことだ。確かにそっくりで、どちらもめっぽうイケている!

寒風山
 続いて県道54号線とR101で男鹿半島南側に出て、県道59号線を海沿いに東進。途中で「ゴジラ岩」を見た。
 侵食された岩を無理やり(?)“xx岩”と名付けてガイドブックに掲載してもらい、観光客を呼び込もうとする話はよくある。彼らもまんまと乗せられたかたちだが、この海岸は割と広いエリアに奇岩がゴロゴロしているのに、それは一発で分かった。確かに怪獣には見える。他にも見物客が大勢いた。

ゴジラ岩
 更に県道59号線を先へと進むと、突然道端に巨大ななまはげ像が!? 思わず立ち寄って写真撮影。これは門前地区にあるなまはげ立像で、高さが9.99mあるそうだ。

なまはげ立像
 そこから先は本日の締めにふさわしいワインディング路がしばらく続き、17時20分に「国民宿舎 男鹿」着。
 チェックインして休憩後、夕日を眺める為に、バイクで入道崎へ向かった。一旦東側の海岸線に出て、県道121号線を北上中、標高の高い位置からは、半島の先端方面をシルエットにした夕日が見えた。海面に映りこむ赤色が幻想的で素晴らしい。結果的に、この走行中に見た夕日が最もきれいだった。この後で入道崎に着いて多くの観光客と一緒に見た夕日は、水平線付近が霞んでいて、沈む瞬間はいまひとつだった。

入道崎から見た夕日
 太陽が沈むと、たくさんいた観光客は蜘蛛の子を散らすかのごとくいなくなり、GTEC達も宿へ戻った。
 本日の走行距離:361km
宿データ 宿名 国民宿舎 男鹿
場所 秋田県男鹿市北浦湯本字中里21-19
感想 「グレートツーリング '02 in 東北」の4月28日にも宿泊したことのある国民宿舎。当時のレビューには「海岸のすぐそばにあり、食事がうまい。温泉風呂(男湯)では何やら怪しげな怪物の口からお湯が出ていて、グロテスクである。しかしよくよく見ると、元々はライオンの頭だったようだ。それが温泉によって腐蝕して、もとの形が判別できないくらいになってしまったものと思われる。」とある。入道崎に近くてロケーションはいいのだが、あまり儲かっているようには見えず、施設の老朽化が進んでいた。“怪物”も一段と怖くなっていた。
1泊2食付き:7,500円(税込み)
“怪物”の口から流れ出る温泉
5月2日(土) 天気:晴れ
 8時35分出発。気温は19℃。R101を海沿いに北上する。意外と交通量が多く、平均速度が上がらない。「道の駅 みねやま」で休憩を入れ、淡々と走って11時15分に「千畳敷海岸」着。
 千畳敷海岸は、200年程前の1792年(寛政4年)の地震で隆起してできた岩床の海岸である。津軽藩の殿様が、千畳の畳を敷いて酒宴を催したという伝説からこの名が付けられたそうだ。なるほど千畳はあろうかという岩棚が広がる光景は、なかなかきれいだ。ただし、この手の名勝はどうしても宮崎県の青島や、日南海岸にある「鬼の洗濯板」と比較してしまい(あちらは波の浸食によるものだが)、見た目のインパクトでは負けている。わざわざ訪れるのではなく、ドライブの休憩ついでに立ち寄るような場所といえよう。

千畳敷海岸
 引き続きR101を走り、五所川原市にある「立佞武多(たちねぷた)の館」に12時25分着。やはり内陸部の気温は海岸線よりも高めで、26℃になっていた。
 吹き抜けの館内には巨大な立佞武多の本物が3体展示されていて、その迫力に圧倒される。順路としては、一旦エレベーターで立佞武多のてっぺん付近まで上がり、「(ヨージ)やばいっス!高過ぎっス!」と高所恐怖症のヨージをびびらせ、スロープ状の通路沿いには、佞武多祭りに関する各種資料が分かりやすく紹介してあって、下りながらそれらと立佞武多を交互に見学し、最後に下から見上げるという、よく考えられた構造になっている。

立佞武多の館
 東北は遠い。今回のツーリングでは、津軽半島、下北半島の両北端を制覇しようと目論んでおり、どうしても1日の走行距離が長くなってしまう。よって、立ち寄り地で多くの時間を割けないのである。ここ立佞武多の館は、展示されている資料がどれも非常に興味深いのだが、ゆっくり見ていると宿に着くのが夜になってしまう為、ざっと流してしまったのが残念だった。
 13時20分に出発し、R339を北上。11km程で太宰治記念館「斜陽館」に到着した。斜陽館は太宰が青森市の中学校に進学した1923年(大正12年)まで暮らした家で、内部が資料館になっており、2002年にはマコちゃんが見学している。まずは、駐車場に面しているレストランにて、津軽そばで昼食タイム。既に14時を過ぎている為、ゆっくり見学している時間はなさそうだ。「(ウメ)ところで、太宰治ってどういう人か知ってる?」「(ヨージ)馬鹿にしないでくださいっス!太宰というのは百官の長の意で、官名は「大」、地名は「太」と使い分けるっス。きっとここは福岡の太宰府みたいに、この辺りを統治した役所の跡に違いないっス。」「(カッキー)残念ながら太宰治の作品は読んだことないですねぇ…。津軽か斜陽くらい読んでおけばよかったです。」「(ウメ)何だ、誰も彼の作品を読んだことないのかい!? いや、実はオレもないのよね…。」ということで、外観だけ撮影して出発!

斜陽館
 R339で津軽半島最北端の龍飛崎を目指す。海岸線に出ると、再び気温は20℃位まで落ちた。やはりこの程度がちょうど良い。やがて道路は“本日のお楽しみ”である「龍泊ライン」に。さっきまで海岸線をのんびり走っていたのが、いきなり峠越えのワインディングとなる、変化に富んだ道なのだ。カーブは道幅が広くて見通しがよく、走り易い。頂上付近にある眺瞰台(ちょうかんだい)で休憩。ここからの眺めは、実は龍飛崎よりも素晴らしいので、この道を走ったら絶対寄るべきだ。(龍飛崎ごしに北海道も見えた。)

龍泊ライン
 峠の下りもワインディング。…っと、コーナーを抜けたところに警察官が立っていて、停まるように指示されてビックリ!バイクとクルマの接触事故で片側通行の交通整理をしている為だった。
 龍飛崎灯台駐車場に着いたのは15時30分。昔は灯台前の展望台に旧日本軍のトーチカが残っていたのに、撤去され、その跡はコンクリートで完全に塞がれていた。戦後70年。またひとつ、戦争の面影を伝える遺構が失われた…。

龍飛崎
 灯台のすぐ下、遊歩道で歩いてすぐの場所にある階段国道にも行った。この国道339号線は362段の階段で、全国でただ一ケ所の階段国道なのだ。龍飛崎でR339は地図上で繋がっているように見えるが、階段国道部分はもちろん車両が走ることはできない。ちなみに彼らがバイクに装備しているカーナビでも国道として表示はされるが、車両が走れる道路としてはルート検索できなかった。もし案内されたらえらいことになる。

階段国道
 16時10分に龍飛崎を後にして、R339→R280と海沿いを走って青森市内の宿を目指す。海岸線にはのどかな漁村が続き、龍飛崎駐車場で話をしたツーリング軍団に続いて走ったら、けっこうペースが速くて面白かった。途中、内真部蓬田バイパス沿いのコンビニで1回休憩し、18時に本日の宿「ルートイン青森中央インター」着。
 本日の走行距離:327km


 時は遡り、8時30分。長野自動車道筑北PAに集合したトモアッキィとヒロは、トモアッキィを先頭に東北目指して出発した。

トモアッキィ&ヒロ(筑北PA)
 初日のウメと同じく、長野自動車→上信越自動車道(佐久平PAで休憩)→関越自動車道→北関東自動車道(波志江PAで休憩)→東北自動車道と走ったが、例によって(?)ヒロは下調べを行っておらず、彼が燃料補給をしようと考えていた北関東自動車道エリアでは全くガソリンスタンドがなく、東北自動車道栃木ICで一旦一般道に下りて給油後に再び同ICから高速へ乗り直すという愚行を冒した。もちろんトモアッキィはそれに付き合うことはせず、上河内SAでヒロと合流し、そこで昼食後、12時30分に出発してからは、ひたすら(休憩を入れつつ)東北自動車を北上し、大和IC近くの宿「ビジネスホテル新ばし」(宮城県黒川郡大衡村)へ18時頃に着いたのだった。
 本日の走行距離:長野自動車道安曇野ICから521km/長野自動車道塩尻北ICから537km
宿データ 宿名 ルートイン青森中央インター
場所 青森県青森市第二問屋町2-2-12
感想 人工温泉ではあるが、大浴場を完備する、設備の整った快適な宿。ただし、4月30日に泊まったスーパーホテル山形駅西口天然温泉と比較すると、料金は高く感じてしまう。(あちらが安過ぎるのであろう。)
1泊朝食付き:7,300円(税込み)
5月3日(日) 天気:晴れ時々曇り
 今日は下北半島最北端の大間崎を目指す。連泊なので軽装備だ。同じ道を往復するのでは面白くない為、むつ市から北側は時計回りに海沿いを走る。そして宿で後発組のトモアッキィ&ヒロと合流する予定だ。
 7時35分出発。気温は15℃で涼しい。R4を下北半島方面に進む。事前に調べておいた宿から25km位先にあるガソリンスタンドで給油しようと考えていたのだが、そこは…更地になっていた!他も休みか廃業。野辺地町でR279に入って北上し、給油可能なガソリンスタンドまで65kmも走ってしまった。(だいぶマージンを取って給油ポイントを決めているので、ガス欠の心配はなかったが…。)
 R279は交通量が多いものの、信号がほとんどなく、ストレスなく北上。むつ市でR338に入り、コンビニで休憩後、海上自衛隊大湊航空基地ゲート近く、現役を引退した「HS-2B」哨戒ヘリコプター前で記念撮影。ここは「グレートツーリング '06 in 北海道 & 東北」でウメが寄った場所である。彼はこの後寄る予定の仏ヶ浦は2度目、大間崎は3度目となる。

海上自衛隊大湊航空基地
 12時15分にヘリコプターを後にしてR338を西進する。脇野沢までは昨日走った津軽半島のR280のように、漁村が点在する海岸線が続いた。他に走っているクルマはほとんどない。…っと、HONDAゴールドウイングに追いついた。脇野沢からのR338は徐々にワインディング路となり、先頭のウメがそろそろ抜かそうかと思ったら、このゴールドウイング、まるで「抜かせるかよ〜!」といった感じでペースがグッと上がった。そしてコーナリングではステップを擦るのではないかというくらい倒し込む。どこまでがんばるかお手並み拝見!というところで休憩ポイントの「道の駅 わきのさわ」に着いてしまった。(ゴールドウイングも休憩。)
 ここから大間崎まではおよそ70kmあり、そのほとんどが攻め甲斐のあるワインディング路だ。休憩後、今日はとことんタイヤの端まで使い切ろうと、気合いを入れて出発。
 “ワインディングを攻める”と言っても、際限なく飛ばすわけではなく、コーナーの立ち上がり加速時の上限をおよそ80km/hとしている。いかにコーナリングを華麗に決めるかで満足感を味わうのである。ブレーキングとアクセルワーク、体重移動、ライン取りが重要な為、こうした道路はテクニック向上にも役立つ。各マシンの性能差は、そのテクニックでカバーすることになるわけだが、最後尾のヨージは250ccなので分が悪い。とにかくエンジンを高回転にキープしないとみるみる前を走っているカッキーに離されてしまう。その為には頻繁なギヤチェンジが必要で、忙しいったらありゃ〜しない。それでも、ヨージは初日の磐梯山ゴールドライン以降、徐々にペースが上がり、カッキーを視界に捉え続けることができるまでには走れるようになった。「(ヨージ)やっぱ、テクニックを磨くには250ccが一番っス!」
 仏ヶ浦駐車場に11時45分着。先程の道の駅から31kmを30分で走破した。海岸までは標高差があり、遊歩道をけっこうな距離歩かねばならない。しかし、荒波によって侵食されて奇異な形状をした凝灰岩の断崖が2kmに渡って連なる様は、苦労するだけの価値がある。

仏ヶ浦
 12時40分に仏ヶ浦駐車場を出発し、大間崎に向かって再び攻めまくる!…といきたかったが、3人とも段々集中力が低下してしまい、交通量も増えてきたことからペースダウンした。2002年にカンちゃんとヒデが脇野沢から大間崎まで同じルートで走った時、「後半は集中力が続かなかった…。」と言っていたのは本当だった。もうお腹一杯といった感じである。
 大間崎に着いたのは13時30分で、お昼どきだ。大間といえばマグロ!本州最北端のモニュメント前で記念撮影後、さっそく海鮮料理を求めて店を探す。ところが!ほとんどの店が「本日の営業は終了しました」か「準備中」となっているではないか!? 唯一開いている店の前は長蛇の列。一体どれ位時間が掛かることやら、とても並んでなんていられない。気温は12℃で風が冷たく、長居したくなくなった一行はとっとと出発した。

大間崎
 R279に出ると、営業している海鮮料理店があったので立ち寄ったが、ついさっき食材が切れたと言われた。どうやら本日はどの店も仕入れが少なく、早々に完売状態になってしまったものと思われる。
 結局、R279がJRはまなすベイライン大湊線と並走するまで南下し、15時30分頃に休憩したコンビニ駐車場で遅い昼食となった。ここまで来ると気温は18℃まで上昇していた。このまま宿に戻ってもいい時間ではあるが、ウメの希望であと一箇所、あまり遠回りにならない場所にある幸畑(こうばた)陸軍墓地に寄ることにした。
 R279を更に南下してみちのく有料道路を走って青森市に入り、17時45分に幸畑にある幸畑陸軍墓地着。
 1902年(明治35年)1月、ロシアとの戦争を想定した冬季訓練の為に、日本陸軍第8師団歩兵第5連隊が、青森市から八甲田山の田代に雪中行軍を行った。しかし悪天候で遭難し、210名中199名が死亡したという、世界最大級の山岳遭難事故となってしまったのだ。ここは八甲田山雪中行軍の遭難者と戦没者の墓地があり、慰霊公園にもなっている。
 ウメはツーリング直前の4月29日に、映画「八甲田山」の完全版を見た(BS放送の録画)。1977年公開の劇場公開版はこれまで何度も見ていたが、完全版は初めてだった。何が「完全版」なのかというと、映画の最後の方で、高倉健演じる弘前第31連隊(第5連隊とは別ルートで雪中行軍を無事成し遂げた)の徳島大尉(史実では福島大尉)が案内人に、「八甲田で見たことは一切口外してはならん。」などと語るシーンが追加されているのだ。映画の宣伝コピーにまでなったこのセリフがなぜ劇場公開時にカットされたかというと、世話になった案内人に対してきつい物言いだかららしいのだが、続きのセリフを最後まで聞けば分かるように、多くの犠牲者を出した第5連隊の遭難事故は軍の恥であり、そのことを話せば彼らが憲兵隊に連行されるおそれがあるので、それを気遣っての発言と思われる。(このシーンだけ音質の悪いモノラル音声なのが残念…。)
 それはさておき、気持ちを高めておいたおかげで、ウメは映画のラストでも登場するこの墓地を感慨深げに眺めていた。3人の他に見学者はほとんどおらず、ひっそりとした中、まるで映画のワンシーンのようである。「(ウメ)軍歌斉唱〜!雪の進軍、はじめ!」「(カッキー)ええ〜っ!?」「(ウメ)ゆき〜のしんぐん、こおりをふんで〜、ど〜こがかわやらみちさえしれず〜…!」「(ヨージ)健さん!? すごいっス!完全に健さんになりきってるっス!」

幸畑陸軍墓地
 ただし、ここに併設されている資料館を見学できなかったことが心残りだった。資料館は18時までなのだ…。着いてすぐに入ればたったの15分でも見れただろうが、じっくりと、時間を掛けて見学したかった為、それが叶わないのであれば、墓地を訪れる方に時間を割くことにしたのだ。
 墓地から宿まではたったの3kmちょいなのですぐだった。18時30分に宿着。
 本日の走行距離:371km


 一方、トモアッキィとヒロは、宿を8時30分に出発し、大和ICから東北自動車道を北上。一関ICで降りるつもりが、その一関ICから先で事故が発生した為、事故渋滞によってIC出口まで20分程時間をロスした。
 R4を北上して中尊寺に10時15分着。ヒロは「グレートツーリング '02 in 東北」以来2度目だが、トモアッキィは奥州藤原氏3代の栄華、源義経ゆかりの地を初めて見て、歴史の教科書が現実になった。ちょうど武者行列が通過し、見物することができたのもラッキーだった。それにしても世界遺産だけあって、ものすごい人だった。

中尊寺
 中尊寺を12時30分に出発し、県道206号線→県道19号線→R343を東に走って、13時30分に陸前高田着。震災の記憶を留める為、松原モール跡地資料館、奇跡の一本松を見学した。一帯は一見すると工事現場のようにしか見えないが、高田松原公園内にあったユースホステルの被災した建物が残されていた。この閉鎖されたユースホステルは一本松の近くにあり、震災遺構として保存される方針だそうだ。

奇跡の一本松とユースホステル跡
 被災地に少しでも還元という思いもあり、昼食、給油、そして募金を行い、14時30分に出発。
 R340→R107→宮守IC→釜石自動車道(無料)→東北自動車道(紫波SA、花輪SAで休憩)→青森自動車道→青森中央IC→R7と走って、18時40分に宿着。
 本日の走行距離:425km

 夜はメンバー集合を祝って居酒屋で酒池肉林の宴を催した。

全員集合!
宿データ 宿名 ルートイン青森中央インター
場所 青森県青森市第二問屋町2-2-12
感想 5月2日のデータを参照のこと。
5月4日(月) 天気:晴れ時々曇りのち雨
 出発予定の7時30分。いざヒロがセルスタータースイッチを押したところ、エンジンが始動したと思ったのもつかの間、プスンと止まってしまった。その後は再始動できず。セルの音も弱々しい。昔からぶっつけ本番の男、ヒロ。ツーリング前に整備などしたこともない。それどころか、エンジンもツーリング出発時に、今シーズン初めて火を入れた程である。「グレートツーリング外伝 '10 in 静岡」ではバッテリーが完全に寿命になっていて、交換してから出発したものだから、他のメンバーと合流したのが夜になってしまった。その後も反省が活かせず、というか反省自体せず、5月2日の出発時にバッテリーが上がっていた為、マイカーとブースターケーブルを接続してエンジンを始動させたのであった。(バッテリーは2010年に交換したもの。)
 一度そのようになったバッテリーは、もはや元の性能を発揮することはできないし、そもそも5年間使用した時点で既に交換時期と考えられる。もちろん、エンジンが始動しないのはバッテリーの問題だけではないかも知れない。幸い、ホテルのすぐ近くにレッドバロンがあるので、診てもらうことも可能だ。だたし、その場合は同店の開店まで待たねばならず、他のメンバーからは「宿で会おう!」と言われることになる。果たしてヒロの下した決断は…、ホテルのフロントにお願いして、従業員のクルマと(ホテル完備の)ブースターケーブルを接続して始動させるというものだった。
 結果、一発でエンジン始動!明日の朝大丈夫なのかという不安は残るが、ひとまずヒロは計画通り進むことになった。ホテルのおねえさん、ありがとう!(結果的に翌朝以降も大丈夫だった。)

ブースターケーブル接続!
 そんなことがあって、出発が40分遅れの8時10分となった。「(ヒロ)やべ!今日は何言われても文句言えないから、大人しくしていよう…。」
 県道40号線を南下。隊列はウメ、カッキー、ヨージ、トモアッキィ、ヒロの順。他にクルマはほとんど走っておらず、程なくワインディングとなった。八甲田山が近付くにしたがって木々の間には雪が残り、アスファルトの所々に雪融けの水が流れていたりして気を使うものの、各自のペースで走りを楽しんだ。ちなみに八甲田山という単独峰はなく、この辺り一帯の山々を総称してそう呼んでいる。
 8時35分、雪中行軍遭難の地にある峠の茶屋駐車場着。気温は19℃。ウメとヒロは2002年以来2度目の来訪となる。(ついでに言うと、この後の十和田湖、田沢湖、明日行く山寺もルートは違えど、彼らは2度目だ。)

雪中行軍遭難の地
 ここはその名の通り、113年前に雪中行軍が遭難した場所である。丘の上には後藤伍長記念像がある。後藤伍長は自らが道しるべとなって直立したまま仮死状態で救援隊に発見されたのだ。しかし、そのような悲劇があったなんて想像できない程穏やかでいい天気だ。

後藤伍長記念像
 引き続き県道40号線→R394を進む。八甲田山麓を駆け抜けるこれらの道は、とにかく景色が素晴らしい。道路脇からカモシカがGTEC一行を眺めていたりもした。
 R103に入って南下すると、一気に交通量が増えた。見渡す限り前方には車列ができており、トロトロと走るしかなかった。みんな奥入瀬渓流を目指しているのであろう。
 案の定、R102で奥入瀬渓流エリアに入ったとたんに渋滞していた。渓流に沿って国道が造られているので、ある意味どこも見所。しかし駐車場が少ない為、路上駐車する輩が多く、ただでさえ狭い道路だから擦れ違いにも苦労するのだ。
 9時40分に石ヶ戸(いしけど)休憩所着。ここの駐車場もクルマは満車だったが、係員の誘導により、バイク置き場に案内された。
 先程の八甲田山麓の眺めは、長野県人が見ても感動ものだったが、果たしてここの渓流は?「(ウメ、トモアッキィ、ヒロ)上高地だな…。」そう、松本市安曇(旧安曇村)の上高地で、河童橋から明神池まで歩くと、こんな雰囲気の景色が続くのだ。観光客が多いのも一緒である。とはいえ、きれいな眺めだということに変わりはない。

奥入瀬渓流
 しばし散策した後、十和田湖に向かって出発。やがて広大な湖が目の前に広がった。湖沿いを時計回りに走り、R103の旧道に入って瞰湖台(かんこだい)に寄った。ここは十和田湖を一望することができる絶景スポットなのに、意外とマイナーらしく、他には数台のクルマが停まっているだけだった。実は今日の天気予報は、これから向かう秋田県も含めて夕方から雨なのだが、今のところは雲よりも青空の面積の方が多い。

十和田湖(瞰湖台からの眺め)
 引き続いて十和田湖中山半島の付け根にバイクで移動して、湖畔を「乙女の像」まで歩いた。気温は24℃で、歩いていると汗ばんでくる。
 詩人で彫刻家でもある高村光太郎が1953年(昭和28年)に作成した乙女の像のモデルは、詩集「智恵子抄」の智恵子夫人である。十和田湖に観光で来て、ここは外せないであろう。周辺は観光客でごった返していた。また、湖面に目をやると、水は透明度が高くてきれいなものの、白鳥型の足こぎボートがうじゃうじゃ浮いていて、風情がない。

十和田湖(乙女の像)
 11時40分に十和田湖を後にして、R103をひたすら秋田県の鹿角市方面に進む。
 その鹿角市街地に入ると、気温は30℃まで上昇。暑い!「道の駅 かづの」で昼食とした。鹿角といえば、きりたんぽ発祥の地。この道の駅のレストランでは、きりたんぽ料理がウリらしいので、店舗入り口に向かったら満席!テーブルが空くのを待っている人達がたくさんいた。できるだけ雨の中を走る時間を短くしたい為、ここは諦めて、軽食コーナーでうどんやそば等を食べた。(ウメ、カッキー、ヨージの3人は「国民宿舎 男鹿」の夕食で、一応きりたんぽを食べている。) 13時15分に次の目的地である田沢湖目指して出発。
 R282からR341に入ると、道はみるみる山間部へ。八甲田山麓に続いて、本日のお楽しみ走行第二弾開始である。なにしろ、およそ60kmもワインディング路がひたすら続くのだ。集中力が続く限り攻めまくれ!
 ところが、標高が上がるにしたがって気温はどんどん下がり、場所によっては10℃位になった。急激な気温の変化に体が悲鳴を上げるメンバーがいる一方、ヨージはいつでも革ジャンの下は、乳首の透けるシャツ1枚だ。例え気温5℃でも平然と走るのである。
 R341は八幡平のアスピーテラインにアクセスしている為か、交通量はそこそこあった。遅いクルマがいると、その後に数台が連なり、そういった集団が所々に走っている。それらを攻略するのも楽しみのひとつ。特にウメとカッキーはガンガン進み、抜かしたクルマは数知れず。国道から田沢湖へと曲がるポイントの手前にある休憩所(茶立ての清水)で、最後尾が来るまでだいぶ待った。5台揃ってから田沢湖に。湖沿いを反時計回りに進むと、みるみる空が暗くなり、湖畔にある辰子姫の像が視界に入るのとほぼ同時に雨が降り出した。仕方なく、ここの駐車場でカッパを装着。
 田沢湖は周囲を山に囲まれた湖だ。ロケーションとしては十和田湖に似ているが、423mという日本一の水深を誇る。その昔、辰子という美しい女性が、その美しさを永遠に保ちたいと願をかけたところ、ある日お告げを受けて、山奥の泉を飲んだ。すると辰子は竜に変身し、大雨が降って土砂災害が発生して谷を埋めてできたのが田沢湖という、辰子伝説にちなんだ辰子姫の像の前で記念撮影をして、15時15分に出発。今日はあと一箇所、角館市にある角館武家屋敷に寄る予定だ。

田沢湖(辰子姫の像)
 県道60号線からR105にアクセスして南下。雨は降り続いており、のんびり散策という気分にはならなかったが、とにかく武家屋敷群入り口近くに15時40分到着。カッパを着たまま歩いた。
 この辺りは江戸時代のはじめに計画的に造られた城下町のうち、上・中級武士の武家屋敷が、大きなシダレ桜が立ち並ぶ通り沿いに保存されている。屋敷は想像以上に広いエリアに点在しており、雨の中、とても全てを見て廻ることなど、時間的にも、体力的にもできそうになかった。無念ではあるが、テキトーに写真撮影をして16時20分に出発した。いずれ天気のいい日に再び訪れたい場所である。

武家屋敷群
 あとは淡々と雨の中、R105→県道259号線→県道11号線(コンビニで休憩)→R13を走って、湯沢市にある本日の宿「ゆざわ温泉」に18時10分着。
 本日の走行距離:275km
宿データ 宿名 ゆざわ温泉
場所 秋田県湯沢市湯の原2-4-64
感想 建てられている地形のせいなのか、入り口からフロントがあるロビーまでけっこう距離があり、しかも階段を登らねばならない。かなり広い建物だが、客室、浴室、食堂兼宴会場をはじめ、結婚披露宴会場、会議室等が複雑にレイアウトされていて、階段が何箇所もあり、頭の中で構造を3D化するのが難しい。施設は古く、客の入りから考えても、リニューアルするのは困難であろう。ただし、接客態度は大変良く、食事、広い部屋(20畳!)、温泉風呂もGOODだった。
1泊2食付き:6,850円(税込み)
5月5日(火) 天気:晴れ
 8時に山形県の山寺目指して出発。
 R398→湯沢横手道路(無料)→R13(尾花沢新庄道路、尾花沢バイパスを含む)をひたすら南下。自動車専用道路と国道のクルマの流れは似たようなもので、えらく速かった。ほとんどストップアンドゴーもなく、快調に距離を稼ぐことができた。途中コンビニで休憩し、天童市で県道279号線に入って10時25分に山寺着。
 宝珠山立石寺(ほうじゅさんりっしゃくじ)、通称(愛称?)山寺は、860年(貞観2年)に慈覚大師が開いた天台宗の寺である。「閑さや岩にしみ入る蝉の声」という松尾芭蕉の句が有名で、急勾配な参道沿いにお堂がいくつも建てられている。奇岩が連なる名勝地にあるので、絶好の観光スポットなのだが、もともとは修行の山であった。
 とにかく参道の終点を目指して徒歩で登るものの、自分のペースでは歩けない程観光客が多い。もちろんお年寄りもいる為、その流れは遅く、かといってのんびり辺りを眺めながら歩いていると、前後の人に接触してしまうから、気が抜けない。「騒がしや岩にしみ入る人の声」といった感じである。五大堂が終点で、ここからの眺めは素晴らしい。とはいえ、背後より「はやく変わって!」というプレッシャーがあり、ゆっくり見てもいられない。

山寺
 五大堂から先は唐突に参道が通行止めになっていて、「これより先は修行の場所につき、危険ですので一般客の登山を禁止します。」という立て札がある。後で知った話なのだが、この先には全長約300m、高低差約150mという巨大な滑り台の乗り口があるのだ。その昔(1950年代頃)、観光ブームで参拝客が急増し、スムーズに下ってもらう為の交通手段として寺が建設したもので、娯楽も兼ねていたらしい。しかし、かなりスリリングなアトラクションだったようで、摩擦熱による火傷やコースアウトで負傷する事故が頻発し、1970年代の初めに廃止されたという。滑り台はほぼ全てが、そのまま藪の中に残っているのだそうだ。一部でも見てみたかった!
 参道を下ると、そこには土産物店が連なっており、その中の1軒で昼食とした。
 13時10分に山寺を後にして、R13を南下。気温は21℃で過ごし易い。南陽市のコンビニで休憩後、R113に入って西進。小国町のコンビニでも休憩し、新潟県入りして日本海側に出た。荒川胎内ICからは、日本海東北自動車道(豊栄SAで休憩)→北陸自動車道→関越自動車道を走り、長岡ICで高速を下りて、約4kmで本日の宿「寺宝温泉」に18時20分着。山寺からの目的地は宿だった為、ひたすら移動しただけといった感じだった。

コンビニで休憩中
 本日の走行距離:354km
宿データ 宿名 寺宝温泉
場所 新潟県長岡市寺宝町82
感想 関越自動車道長岡ICの近くにあり、一見するとアパートか研修施設といった建物の温泉宿。周りは田んぼで風情がある。温泉の外来客が多く、人気があるようだ。その温泉だが、ふたつある露天風呂はどちらもぬる過ぎて、長く浸かる気にもなれなかった。屋内風呂もふたつあるものの、ひとつはやはりぬるく、もうひとつがかろうじて“普通”。5人ともそう感じたのだから、個人差も考慮した上での結論である。どれかひとつでもそこそこ湯温を熱く設定できないものか。ホームページには「おすすめは、ぬるい温泉と熱い温泉に交互に入ることです!」とあるのだが…。シャワーも温泉水を使用しているとのことなので、やはりぬるかった。食事はここで作っているのではないと思われるが、おいしかった。施設は新しく、設備に不満なし。割り当てられた部屋は10畳で、トイレとふたつの洗面台、キッチンまで完備されており、自炊も可能だ。接客態度は大変よろしい。風呂はぬるかったが、総合的には満足だった。空き缶をたくさん残していってごめんなさい。もちろん、全て館内の自販機で購入したものです。
1泊2食付き:7,920円(税込み)
「(ヨージ)もっともっと酒持ってくるっス〜!!」
5月6日(水) 天気:晴れ
 いよいよツーリング最終日。8時35分出発。

出発前(寺宝温泉)
 長岡ICから高速に乗り、ここで長野県組(ウメ、トモアッキィ、ヒロ)と関東組(カッキー、ヨージ)とはお別れである。


【ウメ、トモアッキィ、ヒロ】
 関越自動車道を昨日と逆方向(下り方面)に走り、北陸自動車道→上信越自動車道(妙高SAで休憩)→長野自動車道を順調に進んで各自12時までには帰宅した。
 本日の走行距離:長野自動車道安曇野ICまで206km/長野自動車道塩尻北ICまで222km

【カッキー】
 ヨージと関越自動車を小出ICで降りて、すぐ近くの「道の駅 ゆのたに」で地元名産品の「日本酒 緑川」と「大力納豆」を購入。3,000円以上購入でくじ引きできるとのことで、引いたら何と2等!おかきの詰め合わせをげっとぉ〜!と喜んだのもつかの間、この荷物をバイクに詰め込むのが大変だった。
 再び小出ICから関越自動車に乗って南下し、北関東自動車道経由で東北自動車道に入り、12時30分に羽生PAで休憩&解散。大泉JCTから東京外環自動車道に入って草加ICで降りると、後はまあ、色々とプライベートな用件で越谷レイクタウンに寄ったりして、自宅に帰ったのは19時を過ぎていた。
 本日の走行距離:322km

【ヨージ】
 カッキーと羽生PAまでの行程は一緒。羽生PAの建物が江戸時代風にリニューアルされていたので、中を見るついでに昼食にしようと思ったら、ゲロ混みだったので諦めて、次の蓮田SAで昼食とした。
 自宅最寄りのICは清新町ICなのだが、長時間運転して疲れている状態で、首都高特有の“高架道路に低い壁”は(高い所が苦手なヨージにとっては)精神的にきつい為、四ツ木ICで一般道に降りたのであった。14時15分着。
 本日の走行距離:309km

 結果的に今回の東北ツーリングは、まるで西日本に行ったかのように暖かく(場所によっては暑かったが)、天気にも恵まれて概ね満足だった。

レポート by ウメ


グレートツーリング '15 in 東海
メンバー(マシン) ウメ(K1300S)、カッキー(ZX-10R)、トモアッキィ(V-Strom650)、ヒロ(GPZ900R)、ヨージ(ZXR250)
 R152は、長野県上田市から静岡県浜松市まで南北に伸びる国道だ。上田市から茅野市までの区間は白樺湖を経由するツーリング等で利用する機会が多く、GTECのほとんどのメンバーは走ったことがある。
 茅野市から浜松市までは表情がガラッと変わり、南アルプスに沿って秘境とも言えるような山間部をひたすら縦断する。途中の地蔵峠と青崩峠には国道としての不通区間があるのだが、いずれも林道での迂回は可能となっている。“秘境区間”はほとんどが道幅の狭いワインディングを楽しむような道ではないと思われるが、GTECメンバーは誰も走破したことがないので、いつか走ってみたいと考えていた。ところがこの道、どこかしらの区間で(災害復旧工事等で)通行止めになっていることが多く、なかなかチャンスが訪れなかった。
 そして2015年の秋、シルバーウィーク5連休の後半3日間を利用したツーリングで、ついに実現することとなった。浜松まで南下したら、御前崎経由で渥美半島、知多半島まで海沿いを走るという、こちらもGTEC初の行程とした。
9月21日(月) 天気:晴れ時々曇り
 8時、長野自動車道みどり湖PAにウメ、カッキー、ヒロ、ヨージが集合。カッキーとヨージは前日中に関東から松本へ移動し、松本IC近くのホテルに宿泊していた。トモアッキィは急用ができた為に遅れて出発し、ホテル(静岡県浜松市)で合流する予定だ。

みどり湖PA
 集合写真を撮影して出発。隊列はウメ、カッキー、ヨージ、ヒロの順。気温は15℃で寒いくらいだ。岡谷JCTで中央自動車道に入って東京方面に進み、諏訪ICで高速を降りると、ほどなくR152にアクセスした。いよいよ南下開始!
 しばらくはセンターラインのあるワインディング(杖突峠)が続いた。この調子で浜松まで行けたら幸せなのだが、やがて杖突街道で追い付いたスローペースの大型バイクをどうしても抜けず、安全運転に徹した。その赤色灯を装備した白いバイクは、桜の名所として有名な高遠町手前でUターンしたので、アクセルを開けようとしたら、すぐ先の対向車線側では、ネズミ捕り(光電管式)の準備がせっせと行われていた。そういえば、今日から全国交通安全週間だった。気を付けねば。
 9時15分、美和ダムの湖畔に位置する道の駅「南アルプスむら長谷(はせ)」で休憩。気温は20℃まで上昇し、ポカポカ陽気になってきた。ここで休んでいると、おばあさんが近寄ってきて、1人に1個ずつ、話のネタにと「ポポの実」をくれた。この辺りでは戦後の食糧難だった頃に、ポポの木を植えてその実を食べていたそうだ。いただいた実は後で食べることにして出発。
 ここからは秋葉街道となり、10kmも走ると、ついにセンターラインがなくなり、道幅が狭くなった。分杭峠の始まりだ。交通量は少ないが、見通しの悪いコーナーが続き、“攻める”ような走りはできない。せいぜい“流す”程度である。それでも、遅いクルマをパスしまくってガンガン先に進んだ。
 峠を下ると、下伊那郡大鹿村では一時的にセンターラインの広い道となったのでリラックスして次に備える。“次”とは地蔵峠だ。この峠は国道不通区間となっており、代替路として蛇洞(じゃぼら)林道を通るのである。林道と言ってもほとんど舗装はされているのだが、案の定、分杭峠よりも荒れた道で、一部砂利道になっている区間があった。
 地蔵峠も無事クリアし、遠山郷の茶屋で休憩。時刻は10時45分。道の駅を出発してから約1時間15分ぶりに足を地面に付けた。
 ここで先ほどのポポの実を食した。薄皮を剥くと、黄色っぽい果肉が露になる。南国系の濃厚な甘さときたら、病み付きになりそうだ。何しろ保存がきかない為、スーパー等ではまず流通していないらしい。ちなみにウメの自宅庭にもポポの木があり、1回だけ実をつけたことがある。

ポポの実
 先はまだ長い。引き続きR152を南下する。しばらく走るとまた国道不通区間(兵越峠)に到達。ここは長野と静岡の県境だ。今度は兵越(ひょうごし)林道で迂回する。先ほどの蛇洞林道といい、クルマではドライブしたくない細い道だ。路面には所々砂が溜まっていたりして、とにかく気を使う。
 と、突然道幅が広くなり、やけに立派なトンネルが…。入り口には「草木トンネル(長さ1311m)」とある。トンネルを抜けると、高速道路の対面通行区間並みのゴージャスな光景に目を疑った。こんな交通量の少ない峠の中なのに、なぜこんなものが!? すると、支えるべき道路のない門型橋脚が山に向かって並んでいるのが見え、やがて何事もなかったかのように細い道へと戻ったのである。
 実は今走った区間は、三遠南信(さんえんなんしん)自動車道のトンネル部分が先行して建設されたもので、その後のルート変更によって、一般道路に格下げされたという珍しい道である。今後維持していくだけも相当なお金が掛かるであろうに、もったいない話だ。なお、三遠南信自動車道は長野県飯田市の中央自動車道から静岡県浜松市の東名高速道路までを結ぶ(予定の)延長約100kmの自動車専用道路として建設中なのだが、いったいいつになったら完成するのやら…。
 天竜川沿いまで南下すると一気に交通量が増え、“普通の国道”になった。道の駅「花桃(はなもも)の里」に12時30分着、ここで休憩&昼食とした。
 13時15分、バイク置き場に戻ると、空がみるみる暗くなり、ポツポツと雨粒が落ちてきた。これから進む南の方向は青空なので、急いで出発。
 給油後、県道343号線に入って南下し、ウメ、カッキー、ヨージの3人は、遠州豊田スマートICから東名高速道路に入った。今回のメンバーで唯一バイクにETC装置のないヒロは、次の磐田ICから高速に乗り、休憩ポイントの小笠PAで合流した。
 2009年に実施されたETC土日祝日の高速道路上限料金1,000円以降、徐々に割引額は少なくなってきているものの、それでもETC装置があれば、金銭的なメリットは今でもある(本日は2割引)。2007年にGTECメンバーの中でいち早くバイクのETC化に取り組んだウメが、(GTECのツーリングにおいて)昨年までに割引で“得をした”金額は累計で6万円以上にもなる!ヒロは完全に機を逸してしまったのだが、それは彼の慎重な性格による。例えば本日宿泊する東横INNでも、会員(無料)になれば宿泊費が1,300円安くなるのに、これまでのツーリングで(今回を含めて)3回宿泊した東横INNのフロントで入会を勧められるも、断り続けているのだ。「(ヨージ)ヒロさんって漢(おとこ)っス!これからも硬派を貫いてもらいたいっス!」
 小笠PAを14時30分に出発。相良牧之原ICで高速を降り、R473とR150のバイパスを南下。この道がハイペースで流れてくれて気持ちよかった。
 15時10分、静岡県最南端の岬、御前崎に着いた。灯台は高台の上にあり、その辺りからの眺めはなかなかのものだ。

御前崎
 バイクを停めた御前崎灯台下の広い駐車場の一角は、ハーレーダビッドソンの軍団約100台が占拠していた。どうやらブレイクアウトだけのオフ会のようだ。240サイズのリヤタイヤは迫力がある。ところが出発時間が重なってしまい、途中に割り込むのも悪いと思って最後の1台が出るまで待機したが、そりゃ〜これだけのバイクが一丸になって走ろうとすればえらいことである。えらく待たされたのであった。
 宿泊予定の浜松市に向かってR150を西進。気温は26℃で、走っていないと暑いくらいだ。途中コンビニで休憩を入れ、新掛塚橋(100円)を渡り、R1に入ってすぐの中田島交差点で右折し、4kmほど北上。市街地は混雑していて信号に引っ掛かりまくった。
 17時20分に東横INN着。チェックインしてトモアッキィを待った。
 一方そのトモアッキィは14時30分頃に自宅を出発し、長野自動車道→中央自動車道→飯田山本IC→三遠南信自動車道(無料区間)→天竜峡IC→R151というルートで浜松市を目指した。道の駅「信州新野千石平」で休憩したのが16時30分頃。残りはおよそ90km。あと2時間以上は掛かりそうだ。現状をウメにメールして、とにかく南下した。
 先着4名は、予め決めてあったタイムリミットの19時まで待ってもトモアッキィが来ないので、宿のすぐ近くにある老舗の「うなぎ八百徳」に移動した。浜松といえばうなぎでしょう!4人はうな重(3,078円)を注文。…と、19時18分にトモアッキィから宿着のメールがあったので、八百徳に来るようにと返信した。店内は混雑していた為、トモアッキィだけ席は別になってしまったが、全員期待に違わぬおいしさに満足した。

「うなぎ八百徳」のうな重
 その後は居酒屋で飲み放題!
 本日の走行距離:長野自動車道安曇野ICから348km(ウメ)、231km(トモアッキィ)/長野自動車道松本ICから341km(カッキー、ヨージ)/長野自動車道塩尻ICから326km(ヒロ)
宿データ 宿名 東横INN浜松駅北口
場所 静岡県浜松市中区板屋町103-1
感想 JR浜松駅と遠州鉄道第一通り駅の近くに位置するビジネスホテル。ロビーが狭くて朝食時に席がすぐ埋まってしまうことを除けば特に不満はない。
1泊朝食付き(税込み):5,184円(東横INN会員)、6,480円(非会員)
9月22日(火) 天気:晴れ
 青空の下、日中暑くなり過ぎないことを祈って7時45分に出発。気温は既に23℃。切れ目なく海沿いの道を制覇する為に、昨日と逆コースを中田島交差点まで南下。そこからR1を東に進む。浜名湖南側のR1バイパスは自動車専用道路なので、ハイペースで走ることができた。
 しかし、湖西市からのR42は交通量がそこそこ多い単調な道だった。地図上では海に近いものの、ひたすら続く民家に阻まれて肉眼ではほとんど海を見ることができない。渥美半島を相当進んでも、その実感が沸かないのである。
 9時15分に伊良湖岬にある道の駅「クリスタルポルト」着。伊勢湾フェリーのターミナルも兼ねていて、ここから三重県鳥羽市までフェリーが出ている。天気がいいので、対岸に志摩半島がよく見えた。
 引き続き海沿いにR259→県道2号線→R23→R247を走る。蒲郡市周辺は渋滞していたのに加え、気温が30℃くらいまで上昇し、暑くてまいった。ファンの熱気が追い討ちをかける。
 「愛知こどもの国」近くのコンビニで休憩後、衣浦トンネル(200円)を通って知多半島に突入!今度は走りながら(R247から)海がよく見えたが、クルマの流れが遅くてストレスが溜まりまくりだった。
 13時25分、知多半島先端にある師崎(もろざき)港着。ここの海鮮土産物店で各自たこ飯(520円)、しらす丼(730円)、大あさり焼き(520円)を食した。特に大あさり焼きは焼きたてでとてもおいしかった。

師崎港
 1時間ほど休憩して出発。R247→R155を海沿いに北上し、名古屋高速4号東海線の東海新宝ICから高速に乗った。その後、名古屋高速都心環状線→名古屋高速1号楠線→名古屋高速11号小牧線と走って小牧北ICからはR41を北上し、16時40分に本日の宿「犬山国際ユースホステル」着。
 今日のルートは期待に反してなんとも面白みに欠けた。
 本日の走行距離:新島々駅まで290km
宿データ 宿名 犬山国際ユースホステル
場所 愛知県犬山市大字継鹿尾字氷室162-1
感想 訪日外国人との交流の場を目的に建設された県営のユースホステルなので、施設が豪華。部屋も広くてきれいで食事もおいしく、コストパフォーマンスに優れる。ただし、談話スペースが無いに等しく、旅人との交流を望む宿泊客は淋しい思いをするであろう。当初の目的も果せているのかは疑問だ。集会室とか会議室が完備されており、合宿するには向いている。

(ヨージ)健康診断なんて怖くないっス〜!!
(実際にタバコは吸っていません。←館内禁煙です。)
1泊2食付き(税込み):5,350円(和室)、5,650円(洋室)
9月23日(水) 天気:晴れ
 ツーリング最終日。今日も朝から23℃。8時35分に宿を出発して、すぐ近くの犬山城駐車場に移動。
 国宝として有名な犬山城は、木曽川沿いの丘の上に築かれた城だ。もともと砦があったのだが、現在のような姿となったのは成瀬正成が改修した1617年(元和3年)とされている。以降、成瀬家が代々城主を引き継いできて、なんと2004年まで個人所有の城だったのだ。さすがに個人所有では維持管理に限界があり、財団法人「犬山城白帝文庫」の所有となっている。(とはいえ、現在の理事長は最後の城主だった成瀬氏が就任している。)
 5連休だけあって、見学開始時間直後に行ったにも関わらず、結構混んでいた。天守閣は一同が想像していたよりもコンパクトだったが、それでも最上階からの眺めは犬山市が見渡せて素晴らしかった。城の見学における鉄則は、若くてきれいなスカートを履いた女性の後ろに続いて周ることである。築城当時のままの造りの天守閣内は、大抵階段がえらく急勾配になっているからだ。

犬山城
 駐車場に戻ってきたのが10時。ここで長野県組(ウメ、トモアッキィ、ヒロ)と関東組(カッキー、ヨージ)はお別れだ。互いの安全とますますの発展、健勝を祈念した解散の儀式が厳粛に執り行われ、それぞれの目的地(自宅)に向かって出発した。


【ウメ、トモアッキィ、ヒロ】
 R41をひたすら高山方面に北上。信号がほとんどなく、山間部を走る整備された国道なので快適だった。途中、飛水峡の甌穴群(ひすいきょうのおうけつぐん)を国道沿いの駐車スペースから眺めた。
 飛水峡は岐阜県を流れる飛騨川の加茂郡七宗町から白川町の間に見られる、史跡名勝天然記念物に指定されている峡谷だ。岩には自然にできた円形状の穴がたくさん見られ、「ポットホール」と呼ばれている。ただし、信州木曽の寝覚の床のように観光地化されているわけではなく、目立った看板もない為、知らなければ通り過ぎてしまうようなスポットなのであった。

飛水峡
 その後は、道の駅「美濃白川」(11時10分着)で休憩し、道の駅「飛騨街道なぎさ」(12時35分着)で昼食タイムとした。高山市街地は通らずに、JR高山本線久々野駅辺りからR158まで北東にショートカットして安房トンネルを通って長野県入り。道の駅「風穴の里」(14時35分着)で最後の休憩。松本電鉄上高地線の終点である新島々駅近くで解散した。安房峠付近は18℃で寒かったが、標高が下がるに気温は上昇し、平地では26℃になった。各自15時30分頃に自宅着。今日は最後まで快適なツーリングであった。
 本日の走行距離:新島々駅まで204km

【カッキー】
 県道64号線→県道49号線を南下し、小牧東ICから中央道へ。岡谷JCTから長野自動車道に入ってすぐの岡谷ICで高速を降りた。そしてR142で(新和田トンネル有料道路はあえて通らず)和田峠のワインディングを堪能して佐久市の佐久中佐都ICから中部横断自動車道(無料区間)に乗り、佐久小諸JCT→上信越自動車道→藤岡JCT→関越自動車道→東松山IC→R254→県道33号線→R17とひたすら走って16時30分には自宅に帰り着いた。
 本日の走行距離:378km

【ヨージ】
 小牧東ICまではカッキーと一緒で、長野方面とは逆に走り、小牧JCTから東名高速道路へ。その後、新東名高速道路経由で大橋JCTから首都高速湾岸線を走って葛西ICで高速を降りると、5kmほど北上して自宅に着いたのが17時20分だった。
 東名高速道路では事故渋滞があり、都心に入るとやたら暑かったりと、けっこう疲れた。
 本日の走行距離:386km

レポート by ウメ


グレートツーリング外伝 '15 in 北軽井沢
メンバー(マシン) ウメ(K1300S)、カッキー(ZX-10R)、ヨージ(ZXR250)
10月11日(日) 天気:雨のち曇り
 11時30分、軽井沢町長倉のコンビニ(ローソン軽井沢借宿店)にそれぞれの自宅から別々に走ってきたウメ(長野県安曇野市)、カッキー(埼玉県さいたま市)、ヨージ(東京都江戸川区)は集合した。朝、激しく降っていた雨は9時頃には上がり、徐々に路面はドライになりつつあった。ただし、気温は15℃で寒いくらいだ。
 もう1人参加予定だったカンちゃんは、家庭の事情で精神的に疲れている中、朝の雨を見てバイクで行く気を失い、クルマで宿に直行することにしたのであった。(クルマなので、参加メンバーには記載していない。)
 すぐ近くのR18沿いにあるログハウスのレストラン「トミー・カナダハウス」に移動して昼食。基本的には洋食レストランなのだが、価格がリーズナブルで自家製野菜がおいしかった。オーナー自らがミュージシャンでもあり、店内のステージで定期的にライブをやるようだ。
 12時25分にレストランを出発。隊列はウメ、カッキー、ヨージの順。
 R18はひたすら渋滞していた。これは休日恒例の光景で、軽井沢駅辺りまで続くのである。仕方なく路肩をすり抜けして進む。ところが、セブンイレブン軽井沢長倉店の辺りでウメがふとバックミラーを見ると、カッキーのZX-10Rが彼の足元で横倒しになっているではないかっ!? まさかクルマと接触したか!?
 実は路肩に堆積していた土が雨で濡れたせいで滑り易くなっており、リヤタイヤがそこに載った瞬間、うかつにもカッキーはアクセルを開けてしまったのである。一瞬にして横倒しになったので、トラクションコントロールが介入する暇もなかった。幸い本人に怪我はなく、クルマにも接触していなかったが、真横のドライバーに同情されて恥ずかしい思いをしたカッキーであった。バイクはカウルやブレーキレバー等に傷が付いたものの、走行に支障はなさそうだった。

傷付いたZX-10R
 気を取り直して碓氷峠(バイパスじゃない方)を越える。184箇所のコーナーが連続するワインディングは、残念ながら濃い霧の中で路面がウェット。追い越し禁止で交通量もそこそこあり、遅いクルマの後ろをノロノロ走った。13時10分、峠の終盤にある旧々信越本線第三アーチ(通称めがね橋)駐車場に到着。
 長野新幹線が開通し、1997年9月30日をもって信越本線の軽井沢〜横川駅間は廃線になった。更にその昔、アプト式と呼ばれる電車がこの峠を走っていた。アプト式とは、機関車の車輪の間に装備した歯車をラックレールに噛ませる方式で、1,000mで66.7mも上昇する急勾配の為に採用された。やがて、輸送量の増加に対応し切れなくなり、通常の粘着式運転の強力な電気機関車にバトンタッチされ、アプト式は姿を消したのである。めがね橋はそのアプト式の頃のアーチ橋で、明治24年(1891年)から2年の歳月をかけ、200万個ものレンガを使って造られた、実に120年以上前の代物なのだ。それにしては傷みが少なく、古ぼけたレンガの色がいい味を出している。橋の上は整備されて遊歩道になっており、JR信越線横川駅からここを経由して熊ノ平までの線路跡(約6km)を歩くことができる。落葉樹の葉が徐々に色づき始めており、多くの観光客が訪れていた。

めがね橋
 次の目的地は榛名湖だ。R18の松井田バイパスの途中で県道122号線に曲がり、県道215→211→154号線を進む。
 観光目的で榛名湖へ行く場合、県道28号線か某自動車“D”漫画で有名な県道33号線を利用するのが一般的であろう。しかしそれらは走ったことがあるので、今回はマイナーな県道126号線をチョイスした。道幅の狭いワインディングが続き、ガンガン攻めるような道ではないが、ほとんどクルマが走っていないので、たまにはよろしいのではないだろうか。
 湖畔の休憩所に15時着。榛名富士はよく見えたものの、風が冷たくてホットコーヒーがおいしかった。20分の休憩後、北軽井沢に向けて出発。

榛名富士
 県道33号線とR406を経て、いよいよ本日のメインイベント、県道54号線(長野原倉渕線)に入った。この先の二度上峠を越える区間は、センターラインのあるタイトなコーナーが延々と連続するワインディングなのだ。…っと、車列最後尾を走る、いかにも重心が低そうなクルマに追い付いた。それはロータスエリーゼ。2シーターのライトウェイトスポーツカーで、快適性を犠牲にしてまで軽さとコーナリング性能を突き詰めたコンセプトは、スーパースポーツバイクにも通じるものがある。後ろから見る限り、相当カスタマイズされているようだ。乗っているのは1人だけ。もしかしたら峠を攻めに行くのか!? であればお手並み拝見といきたいところだ。
 そのうち車列のクルマが1台、また1台と曲がっていき、ついにエリーゼの前はオールクリアーとなった。それでも、後続にストレスを与えない程度の速度で巡航し続け、“飛ばす”ことはしない。まだ峠区間には入っておらず、民家も点在している状況なので、走る場所を弁えているのかもしれない。
 案の定、ワインディングひとつめのコーナーに入ると、まるでそれが合図かのように、突然エリーゼのペースがグッと上がった。つ〜か、ハンパなく速い!先頭のウメも俄然やる気になってアクセルを開けて追従した。
 カッキーはZX-10Rのパワーモードを中間である「MID」にして走っていたが、本気走りとなったウメに引き離されてしまい、滅多に入れたことのない「FULL」に切り替えたところ、アクセルレスポンスが良過ぎてすぐに順応できず、「(カッキー)ウメさん…、残念ですが私はここまでです。あとは頼みました!」と自分のペースで走ることにした。250ccのヨージはパワー的にお話にならず、遥か後ろだった。
 ウメはなんとか追尾し続けていたものの、コーナーでじわじわ引き離され、立ち上がり加速で喰らいつくといった、二輪、四輪の特性を絵に描いたような展開となった。特にこの峠はコーナー間の距離が短いだけに、二輪にとっては不利なのだが、それでもウメは相手のナンバープレートがハッキリと読み取れる距離をキープし、最後までぶっちぎられることにはならなかった。エリーゼは明らかにこの峠を走り慣れている感じで、見ていて危なげがなかった。そのおかげで後ろも走り易かったと言えよう。やがてゴルフ場のあるエリアまで下ると、お互いグッとペースを落とした。「(ウメ)楽しかった〜っ!」
 浅間大滝手前でウメは路肩に停止し、3台揃ったところで、この滝の駐車場に移動した。
 北軽井沢エリアで最大の滝と言われる浅間大滝は、しかしマイナーなのか、細い砂利道を走った先の未舗装の駐車場から、更に歩道を歩いて数分先の場所にあり、他に訪れている人は1組のカップルだけだった。滝自体は間近まで接近することができて、なかなかの迫力だった。

浅間大滝
 浅間大滝から本日の宿「北軽井沢ブルーベリー」まではすぐだった。16時40分宿着。カンちゃんは一足先に到着していた。
 夜は4人+他の宿泊客も交えての宴会となった。

(ヨージ)全然足りないっス!もっと強い酒持ってくるっス〜!!
 本日の走行距離(各自宅から):191km(ウメ)/248km(カッキー)/310km(ヨージ)
宿データ 宿名 北軽井沢ブルーベリーユースゲストハウス
場所 群馬県吾妻郡嬬恋村鎌原1506-12
感想 鬼押出し園近くにある、元高級リゾートペンションのユースゲストハウス。食事は豪華でとてもおいしく、夜はお茶会も催してくれた。他の宿泊客とのコミュニケーションを強要せず、しかし気付いたらみんなで酒を酌み交わしているという、アットホームな雰囲気が心地良い。コストパフォーマンス抜群で、また泊まりたいと思える希少なユースホステルだ。
1泊2食付き(税込み):5,940円(ユースホステル会員)、7,020円(非会員)
10月12日(月) 天気:晴れ
 8時20分、カッキーは今日が新車(四輪)の納車日なので、期待に胸膨らませ、一足先に出発した。宿から一旦北上してR145を東に走り、渋川伊香保ICから関越自動車道へ入って自宅へ直行した。

出発前の記念撮影
 8時35分、宿のオーナーからいただいた採れたての白菜を手にしたカンちゃんに見送られ、ウメとヨージも出発。R146を南下する。気温は10℃で肌寒いが、木漏れ日がなんとも幻想的な道だ。
 中軽井沢駅前で右折し、R18を10kmほど走った後、県道9号線を南下して上信越自動車道佐久IC前で解散。ヨージはここからひたすら高速道路で帰る。
 ウメはR141→R299(メルヘン街道)→ビーナスラインというルートでこれでもかっ!?というほどワインディングを満喫し、今シーズン最後のツーリングを締めくくった。
 本日の走行距離:176km(ウメ:自宅着13時)/154km(カッキー:自宅着11時30分)/227km(ヨージ:自宅着12時30分)

レポート by ウメ


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